マガジンのカバー画像

連作『青春は密室だ』

7
連作詩をまとめました。
運営しているクリエイター

記事一覧

連作の終わりに『密室』

きっと 青春は密室だ。 鍵付きの窓を持たない部屋の中で誰も干渉できない、 派手に溜飲を下げたところで誰も文句は言えない。 斜方投射された球体の泳ぐ碧空の下で無機質に何かを捉えようとする彼奴も 鹹い香りのする液体で黄金色の管を磨く彼女も 密室の真ん中で馬鹿でかい聲で叫び倒しているのだろう。 そう 青春は密室だ。 毎秒のように暗証番号が変わる部屋の中へ誰も侵入できない、 派手に泣き号んだところで誰も後ろ指を指せない。 膨張する気圧に呑まれ頭痛に神経を擦り減らす君も 相合い傘の口

連作⑥『猋』

諸行無常の茶色い焦土の真中で 涎を溢すは骨張った番犬。 血の滴る爪痕の溝に落つる種子、 油混じりの泥濘に沈む。 蜘蛛の巣の如く根を張る株に腰掛け 鉄漿黒のように汚濁する西空を眺む。 自分勝手な私が 本当に大嫌いだ。 盛者必衰の黄色い朝陽の真中で 泪を零すは目障りな狂犬。 血の滴る爪痕の溝に芽吹く花、 雨模様の窒素を呑む。 燃え広がる言葉の中で それでも生き残る命を待つ。 来る日も、来る日も。

連作⑤『紫雲』

彗星が光の曲線を描くように、 連鎖的に灯り始める白い街灯。 希望を失った私達を迎えに来るように、 脈打つ鼓動を鎮める紫雲。 帰宅を脅迫する鐘の音が 校庭の隅で木霊している。 来世で会えたら、 今度は仲良くできると嬉しいな。 金星が光の粒子を落とすように、 瞳孔の奥で煌めく白い街灯。 絶望を愛する私達を拒絶するように 監視カメラの中で燻む紫雲。 邪魔者同士の逃げ場には 戯言と幻想が溢れている。

連作④『玉蜀黍』

灰褐色の幻燈に照射される光線、 時間と物語の螺旋を吐き出す映写機。 有意義と無意義が極彩色の糸屑のように絡まって 仄暗い箱の中で虚像の音響を掻き鳴らす。 破裂した玉蜀黍を摘んでは 歯の隙間に挟まる飴色の言葉。 帰りたくない。 赤褐色の座席を歪曲させる体躯、 鼓動と呼吸の連続で紡がれる細胞分裂。 情熱と諦観が素粒子の紐のように交差して 薄暗い箱の中で二人の肩が触れ合う。 閃光が暗黒を破り棄て幻燈は砕かれる。 破裂した玉蜀黍が床上に散りばめられている。 貴方は腕時計の螺子

連作③『肝試し』

玻璃の隙間から月が放った光線で 凍てついた脳漿を貴方は隠そうと必死になる。 教壇に舞う白墨の鱗粉に魅せられて 鈍色の魔物が私達に喰らいつく。 誰も見ていないよ、 律儀に恥ずかしがる必要もないでしょ。 完璧を装う人体模型の眼光で 凍てついた脳漿を貴方は剥き出しにする。 試験管に模様を描く薬品に吸い込まれて 碧色の異世界が私達を手招く。 恐がらなくて良いよ、 私達は多分 不死身だから。 妄言を吐いて哂い合う月夜の理科室、 肝試しの終わりなど来なくて良い。

連作②『靴箱』

錆びた金属製の靴箱の扉に 薄橙色の瘡蓋が張り付いている。 名前札は時間の激流に洗われて 忘却の三角州で眠っている。 桃色の封筒で包んだ便箋、 宛名も差出人も不明の手紙。 何世紀も先の未来で化石になった言葉が 古語辞典で解析され息を吹き返すような、 遺伝子が組み込まれているような。 錆びた金属製の靴箱の扉に 薄橙色の瘡蓋が張り付いている。 空虚に満ちた水溜まりに 私は桃色の小石を投げる。 同心円状に拡がる漣を見て 誰かが気づいてくれたら良いな。

連作①『始発』

水曜日の早朝に揺られながら走る 額に新品の吊り革の影法師。 太陽の白煌が貴方の髪に金輪を描いて 光の粒は長めの前髪にぶら下がる。 その完璧な秩序を この両掌で崩してやりたい。 点滅する遮断器の赫い音が 潮汐のように寄せては返す。 黝く迸る貴方の襟足の下に隠された 透明で闇色の柔肌が爆ぜる。 その高潔な姿を この唇で穢してやりたい。 猫のように滑らかな欠伸をして 眠たそうな頬に靨を浮かべる。 水曜日の早朝に揺られながら走る 私は貴方に恋をしている。