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連作の終わりに『密室』

きっと 青春は密室だ。
鍵付きの窓を持たない部屋の中で誰も干渉できない、
派手に溜飲を下げたところで誰も文句は言えない。
斜方投射された球体の泳ぐ碧空の下で無機質に何かを捉えようとする彼奴も
鹹い香りのする液体で黄金色の管を磨く彼女も
密室の真ん中で馬鹿でかい聲で叫び倒しているのだろう。

そう 青春は密室だ。
毎秒のように暗証番号が変わる部屋の中へ誰も侵入できない、
派手に泣き号んだところで誰も後ろ指を指せない。
膨張する気圧に呑まれ頭痛に神経を擦り減らす君も
相合い傘の口実ができたことに胸を躍らせるあの子も
密室の真ん中で鬱雑ったい聲で呼応しているのだろう。

誰かの幸せのために己の体躯を燃しても構わないと
言えるほど聖人君子にはなりきれないけど、
炸裂する朝陽に怯えながら 墨滴の雨に打たれながら
何処かで待っているはずの貴方に会いに駆ける。

きっと 青春は密室だ。
酸素分子の入る隙間もないほど閉鎖的な部屋の中で誰も認知できない、
派手に自我を解放したところで誰も嘲ることは出来ない。
静脈が張り巡らされた幻想を肺尖に溜め込み続ける先輩も
白紙委任状を破り捨て万物を諦観する後輩も
密室の真ん中で枯渇しかけた聲で歌っているのだろう。

そう 青春は密室だ。
始発の車内 古びた靴箱 真夜中の理科室 黄昏の映画館、
仮に全部 忘却の彼方に葬られたとしても
密室の扉を開けば我楽多に等しい掠れた記憶が
笑いかけてくれると信じて部屋を出る。



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