ないのは親の経済力ではなく
ネットで「バンザイができない」「骨折の怪我が1.5倍に増加」という記事が配信されていた。
デイリー新潮が、新潮社から出した本の著書に書いてもらっているので、記事というよりは、記事風の広告なのかな? でも、中身は共感した。
というのは、中3の娘のバスケの試合を観に行くと、驚かされることが多いから。
特に気になるのが、姿勢の悪い子の多さ。まずもって体幹がなってない。グニャグニャしてるから、ディフェンスができず、なんだかバスケではなく未知の競技を見ているような感覚に陥る。それにストレートネック、いわゆるスマホ首の子ばかりなのだ。
で、ちょっとぶつかると突き指とか捻挫じゃなくて、記事にあるように本当に骨折しちゃうのだ。
体力のなさも目を覆うばかり。後半はまともに動けるのは1人だけみたいなチームが結構ある。
ただ、下記の記載はちょっとステレオタイプかな。
今は何でもかんでも親の経済力のせいにする風潮があるけれど、子を持つ親としては違和感がある。
娘に「小学校のミニバスでは『あの子姿勢が悪いな』とか『体力がなさすぎる』なんて気になったことがなかったけど、どうして中学は多いんだろう。コロナとスマホの影響かな?」と聞いてみたら
娘の見立ては「車社会」と「公園に遊具がない」ことが原因じゃないか、だった。
娘は自宅から遠く離れた郊外の学校に通っていて、そこは成人は一人一台車を持っている完全な車社会。地元の小学校出身の同級生たちは、習い事も遊びも送迎で、小学校時代に自転車に一度も乗ったことがないという子が結構いるんだとか。
で、この子たちが恐ろしく体力と方向感覚がないそう。みんな経済的には裕福な家のお子さんだ。
「〇〇(娘の学校がある地名)の公園には、どこにも滑り台がないって言うから驚いちゃった。バスケのゴールもプールも一つもないんだって」
街には公園自体はたくさんあるのだ。しかし、公園というより庭園なのだ。建設にも維持にも恐ろしくお金がかかっていそうな立派なものだけど、滑り台やブランコは全くない。
私の住む街は、新旧入り混じった古い住宅街で、娘の学校周辺の方がよっぽど素敵な街並み。だけど、娘が自転車で遊びに行ける範囲に、バスケットのゴールやコートは5つ、プールは4つある。滑り台のある公園は数えきれない。だって、どこにでもあるから。
どれも昭和の遺物の古い施設なのだけど、令和の時代になっても子どもたちは昔と変わらず、好き勝手に遊んでいる。
こういう風景を目の当たりにすると、ないのは決して「親の経済力」じゃないよな、とおもうのだ。
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