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母には見る目はないのだが
私に欠けているもの。そう、それは人を見る目。
まだうら若き乙女のころ。熱烈にスキスキ光線を送ってくれる男の子がいた。
私たちは受験生だったが、担任の方針で班ごとに交換日記をしていた。みんな他愛のないことを書いて回していたが、スキスキ光線くんは2ページにわたって「ウルトラマンの変身の謎」を考察していた。
交際の申し出は、丁重にお断りした。
月日が流れて大学生のころ。バイト先に、某T大でなんとか工学を専攻している同い年の男性がいた。彼にも猛烈なアプローチを受けた。
男子校出身の彼は、人生で私が初めて話した女の子だと言った。
話したといっても、こちらはただ聞かれるがままに、シフト希望表の記入のしかたを教えただけである。
休み時間にランチに行った駅前のケンタで、1円単位まで割り勘しながら「僕にとっては運命の出会いだとおもっている」と真顔で言うから、「たぶんそれ、錯覚」と返した。が、彼は運命だと譲らず、よくこちらのバイトが終わるのを待っていた。
あー、私はなんで好きな人には振り向いてもらえないのに、ちょっと変わった人には好かれるんだろう、なんか変なオーラが出てるんだろうか?と、当時はかなり悩んだ。
まったく悪い人ではなかった。むしろいい人だった。しかし、友達はともかく、付き合うつもりはなかった。何度断っても、決して根負けしない彼に、最後は兄がバイト先まで来て「俺、長年、一緒に暮らしてるけど、こいつはおススメしないよ。まずもって気が強ぇ」と説得してくれた。
そして二人になってから、兄は言った。「断言する。金輪際、お前のことをあんなに好いてくれる男は現れない。あいつにしとけ」
今ならわかる。兄の言葉は真実だったと。ただ、20歳の私が男性に求めていたのは、将来性でも誠実さでもなくて、スマートさとか会話の面白さだった。ファーストフードで1円単位で割り勘する人は、論外だった。
さらに月日が流れて。
ある日、雑誌に大人になったスキスキ光線くんの写真と受賞インタビューが載っていた。ウルトラマン変身の謎を追っていた少年は、新進気鋭の若手研究者として大活躍していた。眩いばかりの経歴に、奥様は高校の同級生とある。
記事を読み終えて、ふと、なんとか工学君は何しているんだろう?とおもった。20年ちかく、思い出しもしなかったけれど、珍しい名字だったので覚えていた。検索したら、こちらも目が潰れるかと思うほどキラキラと輝いていた。この職業なら、年収ウン千万か?と、ハシタナクも考えた。信条に、家族との時間を大切にする、とあった。なんであのとき、1円単位の割り勘なんてつまらないことを気にしてしまったんだろう。。。たかが1円なのに。
よせばいいのに、ついでにもう一人、検索したら、彼もよくニュースで名前を聞く有名ベンチャーの経営陣に加わっていた。SNSには幼稚園児くらいの可愛い男の子と女の子と虫取り網を持っている写真が載っていた。
みんなあの頃は、揃いもそろってチェックのネルシャツやタンガリーシャツを着た、メガネの理系男子だった。写真の中の彼らは面影はそのままに、自信に満ちあふれた社会人、良き家庭人になっていた。
なんか、両親に「不甲斐ない娘でごめん」と謝りたい衝動にかられた。
自分基準でよいとおもって付き合った人たちは、話は面白かったけれど、判で押したようにナルシストで、なかなかのダメ男っぷりだったから。試しに私史上最大の黒歴史、でも当時は結婚したくてしたくて仕方なかった元彼の名前を検索してみたら、市民マラソン一般の部5㌔のエントリー記録がヒットしただけだった…。
私は未婚シングルなので、娘が生まれたとき、この見る目のなさが遺伝したらどうしようと、かなり本気で心配した。
手相観のおばさまの凄さを目の当たりにした私は、すっかり信心深く?なって、産院のベッドの上で、夜な夜な「結婚家庭運最強」なる字画の名前を考えていた。なぜなら私の字画が、女だと強すぎて結婚できない、だったから。
これぞ完璧と娘に付けた名前は、天格、外格、なんとか格が、それぞれ大吉、大吉、大大吉、大大吉、大大吉と、これでもか!というくらい、めでたい字画である。
その最強の字画を持った娘に、小6のとき、「大谷(野球)とテテ(BTS)の二人から結婚しようと言われたらどっちにする?」と聞いてみた。娘は、ママもホントくだらないね。一生、すれ違いもしないよ、と呆れつつ、「お金を持っている方」と即答した。
理由は、だれだってみんなそれなりに優しさも意地悪さも併せ持っているし、長所もあれば短所もある。恋はいつか家族愛に変わるし、別れることだってある。だったらお金を持っている方がいいから、だそう。
小学生にしてこの慧眼。ママにはない女子力だわ、字画の効果かしら?と、感激した。
中学生になった娘は、同級生に恋をした。
キャンプの日、好きな子と調理場のカマドが近いんだと嬉しそうに出かけて行った。しかし3日後、「ほとほと呆れた」と帰ってきた。
「周りはみんな食事の支度をしてるのに、あいつはしゃべるか遊んでいるかでまったく働かないんだよ。笑顔に騙されちゃダメってわかった。ああいうタイプは調子がいいだけで、大人になっても仕事はできないよ。きっと浮気もする。家事もしないね」と手厳しい。ああ若き日の私に聞かせたい。
逆に娘が頼もしいと思ったのは、入学以来、一度も話したことがなかった科学部の男の子たちだったそう。「あの子たちは口じゃなくて、手を動かすんだよ。さりげなく優しいし、気が利くし、頼りになるとおもった」
娘よ、ママはもう君に言うことは何もない。おのれのその嗅覚を信じて、生きていっておくれ。
人を見る目というのは、後天的なものではなく、生まれ持ってのものなのだと、14歳の娘に教えられたハナコ、もうすぐ人生半世紀の秋であった。
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