中編純愛小説【好きを伝えきれなくて】3

この作品は過去に書き上げた作品です。


涼は愛の姿が見えなくなるまで直立不動のまま、黙ってそっと見送った。

涼は恋の予感に胸をときめかせていた。

ひとり、想像に浸り、心は躍動し、喜びで満たされた瞬間だった。

若い頃のようにはしゃいだりは出来ないけれど、愛との関係を大切にゆっくりと焦らずに育てていこうと、この時すでに彼は心のなか奥深く決意していた。

月日は巡る。

書店内のふたりは他のスタッフと同じように、本を相手に日々、奮闘していた。

七月からふたりは涼の配属先の移動により、同じ部門で顔を合わすことはなくなった。

配属先が変わったことから、涼と愛が職場で顔を合わす機会は唯一、昼休みだけとなってしまった。

昼休みには近くの飲食店で昼食を楽しみ、その後、外に出て花壇のブロックの縁側にふたり仲良く並んで座り、時間の許す限り、語り合った。

雨の日は別の場所で、会話を楽しむふたりであったが、いつしか他のスタッフから恋仲かもしれないと噂になり、囁かれるまでに至った。

そんな書店での関わりや、周囲の出来事を余所にプライベートでのふたりの関係は密度を増していく。

暑い夏も終わり、秋へと移ろいを見せ始める九月の半ばには、それぞれの今日までは勿論、悩みや私生活の過ごし方、あらゆることを包み隠さずに話し込んだ。

小柄な方ではあるものの体格のがったりとした筋肉質の涼は、実年齢よりも随分と若く見えた。

愛もまた若く見えた。

上品な顔立ちでありながらも自己に厳しく、礼節を重んじる涼の風貌にはどこかしらアウトロー気質が漂い、異性である愛にとってはその部分が何よりも好印象であり、彼に近づくに足る充分過ぎる条件を備えていた。

愛からは二面性があると常に指摘させていた涼だが、そのことは彼女から言われる以前から本人が重々に承知していたことであった。

ふたりは決まって休日前の仕事終わりには、どこかで外食をして過ごした。

この日は涼の暮らすマンションの近隣に位置するラーメン店に足を運んだ。

涼の通いなれた行きつけでもあり、味が抜群でもあり、決まって友人を必ず、此処へ連れて来ていた。

秋の香りがふたりを落ち着かせた。

夜の街並みが大人の艶やかさを見事に演出していた。

風が冷たいこの日、涼は愛と真横に並んで歩いた。

街の様々な場所に点在する外灯やネオンが眩しい。

冬の訪れにはまだ早いものの、秋とは思えない風の冷たさにふたりは体を抱き寄せあった。

行き交う人たちの吐息から白い呼吸の塊が空中を浮遊しては消える。

先ほどよりも増して各地に点在する外灯やネオン、車道を往来する車のランプが夜の街を照らし、華やかさとは疎遠なこの地域を都会のように変貌させていた。

先行き不透明な現状を余所に車の騒音や人々の話し声が絶え間なく響き渡る。

涼と愛は目的地のラーメン店の正面入り口へと到着した。

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