長編恋愛小説【東京days】10(プロローグ完結)

この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。

シンナーの匂いが消えるまで近所を散策することにした。


奈美がバスガイドのように、丁寧に住まい周辺を案内してくれる。


思えば仕事以外で、新宿御苑に訪れたことなど一度もなかった。

目に飛び込む景色一つ一つが新鮮だ。
奈美が得意気にマシンガンのように早口で説明を続けている。


『ねぇ、聞いているの?』
『あぁ、ごめん。この街に魅了されたようだ』

クスッと笑う奈美。
何度見ても、奈美の笑顔は屈託なくて気持ちがいい。


もう少し一緒に歩きたい気持ちをし舞い込んで、奈美の後を追うように部屋へと戻った。


シンナーの匂いは完全に消えていて、ベニヤ板もすっかり乾いていた。


綺麗な光沢が見違えるほど、床を鮮やかに輝かせ、コーディネートしていた。

箪笥や化粧台、ベッドを本来の位置へと運ぶ。
奈美は仕事柄か、華奢な腕の割には力があった。


ようやく部屋のアレンジは終わりを告げた。
『拓也さんのおかげだね、ありがとう』
『いい汗かいたよ。二人の力だよ』
『マッサージしてあげる』

そう言って僕に近づいた奈美は、全身をマッサージしてくれた。
『全裸になってもいいかな』
『いいよ』
『あの~、冗談で言ったつもりだけど』
『私もだよ』

饒舌交じりに話しが続く。
さすがはプロだ。マッサージを商売として収入を得ているだけのことはある。


その道を極めるために努力を惜しまない姿勢には感心させられる。
全身の力が抜けていく。眠ってしまいそうだ。

この日、僕は何度、睡魔に誘われただろうか。奈美の話しかける声が次第に遠のいていく。


ベランダから射し込む陽射し。心地よい御苑の風。
その風に乗って舞う車の排気音や人びとの声。

奈美は黙ったまま、今にも眠ってしまいそうな僕を見つめ、マッサージを続けている。


奈美の両手の感覚が、徐々に薄れていく。
数分後、僕は深い眠りの中に居た。


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