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デレラの読書録:金原ひとみ『ハイドラ』


『ハイドラ』
金原ひとみ,2010年,新潮文庫

カメラマンに抑圧されたモデル・早希がその抑圧のもとで、もがき苦しむ物語。

なぜ苦しいのか。

抗うようで抗っていない状態。

抗うことがもはや想定の範囲内で、抗うことすらできないからだ。

カメラマンは毒蛇(=ハイドラ)だった。

毒蛇の毒気に当てられて、思い込みと刷り込みの境目が溶けてしまった早希。

毒は拒食として顕在化する。

拒食。

食事から嚥下(=飲み込むこと)を奪われた早希の食事は、咀嚼と吐き出しだけが残されていた。

噛んで吐きだす。

嚥下(=飲み込むこと)が蛇の毒によって忘却してしまった食事。

それは、養分が得られない食事という儀式。

あるいは、食事から重要な要素が欠けてしまった不完全な儀式。

その描写は、気持ち悪さと、無意味さ、無機質さに満ちている。

噛むと唾液が出る、口内で食物と混ざる、口からそれを出す。

工場の生産ラインのように、淡々と咀嚼と吐き出しが繰り返される。

口内が傷ついても、それを繰り返す。

入れて出すという性交のメタファー。


物語の中盤、その毒気を全て晴らしてくれるような出会いがあった。

早希は一時的に嚥下を回復するが、しかし身体に回った毒は、簡単に抜けきらない。

毒蛇の住む巣に戻るとき、毒が全身に回りきって、彼女はついに力尽き、意志を失い、ひとつの球体関節人形となった。

小説の最後の段落、自分が球体関節人形となる瞬間、早紀はそれを理解している(あるいは、分かっている)。

腰元に入っていた力が抜けて、がくんと姿勢が悪くなったのが分かった。

(p.149)

意志を失い、球体関節人形となる。

それは堕落か、あるいは救いか。

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