この不条理な世界へ、ようこそ。 (9)
マチェーテ
全く土地勘のない場所で、本当に味方かどうかもわからないメキシコ人ギャングの案内で、同じメキシコ人ギャングの売人を探して追い込みをかけるなんて、全くどうかしてた。 今になって冷静に考えると、本当に死んでもおかしくなかったと思う。
どうなったかを簡単に話そう。
※
俺が最初にビルの外側にある鉄製の非常階段を登っている例の売人を見つけ、追いかけた。
売人はドアノブに手をかけたが、中から鍵がかかっているようで開かない。俺が追いかけて来るのを見て、売人はバンバンと鉄製のドアを叩いた。
俺は売人を捕まえて、大人しく金を返せば何もしない、と言い、売人は、Si, okayと言ってポケットに手を入れたところで、俺のすぐ右側にあったドアが中から勢いよく開いた。
中から出てきた男は背丈はそう大きくはないが、ゴツい。 丸太のような腕をしている。 男は無言で俺を突き飛ばした。
強烈だった。 俺は非常階段の鉄製の柵まで突き飛ばされた。 一瞬でわかる力の差。 ダメだコレは、撤退しよう。 と、来た階段を降りようとすると下から違う男が登って来た。
非常階段を上がって来る男が腰に手を当て、何かを取り出した。
「逃げろ! 飛べ!」とキヨの声。
咄嗟に俺は金属の柵を飛び越え、下にジャンプした。 2階半、思ったより高い。 空中でバランスを取ったが着地に失敗して足首を捻った。
キヨが駆けつけて俺に肩を貸し、必死にその場から逃げた。 マサが待つクルマまで50メートルぐらい。
マサは異変に気付いたか、クルマをバックで寄せて来た。 いいぞ、マサ!
※
そして、今俺たちは無事にクルマで逃走中である。 後ろからは誰も追ってこない。
捻った足が痛い。 俺は後部座席で足を投げ出し、横になる。 キヨは助手席。 マサは、おまえらいい加減にしろよ〜、とブツブツ言いながら運転してる。
「やばかったな、マジで! ワハハハ。 最高にトンだよ、今夜は!」 キヨは興奮している。 普段無口なのに、今夜は異常に饒舌だ。
「非常階段から登ってったヤツが持ってたの、アレなんて言うんだっけ? あのナタ。 マチェーテだよ、マチェーテ。 やっべえー! おまえ飛び降りてなかったら今頃死んでたよ、絶対。」
知ってるよ。
「マチェーテだぜ、マチェーテ。 ケイ、おまえなんて言ったのヤツに? チョットマチェーテってか? ワハハハハハ!」
笑えね〜よ、アホ。
※
翌朝、足がボールの様に腫れている。 痛くてとても立ち仕事なんか出来ない。
俺は職場に電話して支配人に休むと告げた。 すると、「あ、そう。もう来なくていいよ」と言われた。
狭いリトルトーキョーではもう何処も俺を雇ってくれることろはなくなった。
新聞の求人情報を見て懐石料理の店に行った。 日系二世らしき年配の女将は、お店の軒先で金髪に染まった俺の頭を見て、吐き捨てるようにこう言って中へと消えていった。 “Maybe you should go to Hollywood.”
同じ頃、初恋のカノジョ、ジニーにも捨てられた。
“Go back where you came from.”
呼び出されて別れ話を切り出され、自由に反論することもできないまま最後にこのセリフを言ってジニーは去って行った。 俺はその場に膝から崩れ落ち、交差点のサイドウォークで、人目を憚る事なくしばらく正座のまま放心状態だった。 初恋とはまさに残酷なものだ。
また、4人で住んでいたアパートを引き払った。 2人が帰国してしまったからだ。 キヨと俺の2人には大きすぎるし、家賃がもったいない。
俺は、トイレとシャワー共同の狭くて汚い施設のようなところで寝泊まりする様になった。
これでもか、と悪いことが押し寄せる。 幸せの絶頂から一気に奈落の底へ、青春ジェットコースター、ひとり乗り。
つづく、
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