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この不条理な世界へ、ようこそ。 (8)

グーフアップ


翌日、俺がゲームセンターの受付台の後ろで、奥の事務室に座っていた店長と話していたところ、急に後頭部に強い衝撃を感じた。 激しい鈍痛を堪えて振り返ると、昨日の客が興奮した顔でこちらを睨んでいる。 何か投げられたようだ。 

なんだ、なにが起きた、と奥から店長が出て来た。 

俺は後頭部を押さえてた手を見た。 血が付いている。 一体何を投げやがった? 全身の血が途端に瞬間沸騰し、カウンターを飛び越えてヤツに掴みかかった。 

店の中でテーブルゲームを蹴散らし、暴れまくった。 客が悲鳴を上げて店から出ていく。 

直ぐにセキュリティガードが数人入ってきた。 なぜか、相手ではなくて俺を棒のようなモノで殴る。 痛え! 何しやがんだ! 俺じゃねえ! コイツを殴りやがれ! 

ヤツは隙をついて逃走していった。 俺はセキュリティガードに押さえ込まれ、詰所のようなところへ連れて行かれた。 店長もついて来て、なにが起こったか説明をしていたようだ。 俺はまだ興奮しており、全身がジンジンと痺れた感覚だ。 指先がまだ震えている。 

セキュリティと店長の会話もよく聞き取れない、というか耳に入ってこない。 何か聞かれたが、よくわからない。 俺は、後ろから頭にモノをぶつけられ、セキュリティが来て俺を取り押さえているうちにまんまと逃げていったあの野郎のことで頭がいっぱいだ。 頭に来る。 頭に来る。 頭に来る。

俺はその日のうちにクビを告げられた。 壊したゲーム機台だといって給料はもらえなかった。 


夜、ロイが来て一緒に夜のダウンタウンを、とぼとぼ一緒に歩いて帰った。 頭の傷の血は止まっていたが、セキュリティに棒で殴られた腕や太ももが痛む。

なんで俺なんだ。 なぜ俺が仕事をクビにならなければならない? 全てがあっという間に終わり、俺がバカを見ただけ。 なぜ俺は悪くない、と主張しなかったのか。 あるいはしても無駄だったのか。 俺はもともと店長に信用されてなかったのだろう。 

最悪の気分だ。

「また仕事探さなきゃな」戯けた風に言って見る。 ロイは気の毒そうな目で俺を見る。 俺を慰める気の利いた言葉が出てこないようだ。 優しいヤツだ。 こういう時一緒にいてくれるのはありがたい。

前から数人の若い連中が歩いてきた。 
すれ違いざまに俺を指さし、”Yo, man you’re the dude from the arcade? Man, you were so cool back there. “ (アンタ、ゲーセンの彼だよな? さっきはカッコよかったぜ)、と言われた。 

どうやら昼の騒動を目撃した連中のようだ。 ちょっとした有名人だ。 それでちょっとまんざらでもない気分になった。 




次に見つけた日本食レストランでの仕事は、皿洗いに鍋洗いと飯炊きを、朝から晩までやった。 

蕎麦打ちもやったが、全くうまく出来ず、支配人から毎日のように嫌味を言われた。 それでも今度は我慢した。 自分なりに頑張った。 

働きはじめて2週間経って初めて給料をもらった。 時給2ドル50セントと最低賃金だったので、一日10時間立ちっぱなし、12日も働いた割には手取りは少なかった。

UCLAの学生バイトは、カフェの店員でも時給10ドルが相場だそうだ。 4分の1。 それが俺の価値。 就労ビザなしで働くことは当然違法なので、働けるだけいいだろうということなのだが、それにしても足元見過ぎだ。

一緒に働いていたメキシコ人は、聞くと俺と同い年だという。 給料をなにに使うんだと聞いたら、毎月国の母親に送金しているという。 同じ不法就労なので給料は違わないはず。 彼はそれでも文句は言わない。 俺は少し自分を恥じた。


それでも給料が入った日の週末、少しうかれた俺はキヨと一緒に、マサも呼んで久しぶりにハッパで遊ぼうということになった。 

アキラさんが居ない今、ブツは自分達で調達しなければならない。 キヨのクルマでメキシコ人居住区の売人がいるストリートに出かける。 俺もキヨもストリートでプッシャーからブツを買うのは初めてだ。 マサは後部座席で少しビビった様子だ。

この辺は街灯も少なく、いかにも、って感じ。 ところどころの一軒家の前にはそれぞれワルそうなヤツらがたむろしている。 この辺で買えるはずなのだが…

通りをゆっくり流していると、ひとりのメキシコ人が声を掛けて来た。

「ヨー、アンタら何探してる?」

「ウィードだ。持ってるか?」と、俺。

「ああ、持ってるさ。 ついて来な」と言ってメキヤンは走り出した。

俺たちはクルマで後を追う。 ビルの曲がり角でヤツは待っていて、アルミホイルの包みを出し、早口で言った。

「ハーフオンス(約15グラム)ある。 40バックスだ。 急げ。 この辺は俺のシマじゃねえ。見つかるとやべえ。」

俺は20ドル札を2枚渡して、引き換えにアルミホイルの包みをもらった。
“Okey, now go go go!” メキヤンは俺達を急かし、キヨはクルマを出した。 


「ハハハ、やったな!楽勝!」
「ヒュー!」
「どれ、見せて」

クルマを走らせて直ぐに俺たちは有頂天になったが、次の瞬間、ブツを開けて見たマサが言った。

「オイ! これ、ゴミじゃねえか!」

俺はマサからブツを取って見た。 ゴミだ。 そこらに落ちてる落ち葉とゴミだ。

「なんだこりゃ〜!」

それを聞いたキヨが、「マジか?」と言ったや否や、クルマをいきなりアクセルターンした。 後部座席のマサは振り落とされそうになった。

「ンのヤロ〜舐めやがって!」 キヨはアクセルをドンと踏み、ゴキブリみたいなキヨの名車はリアホイールをギャギャといわせて猛加速し、俺たちは来た道を戻った。

「どうすんだよ〜」とマサが言う。

「決まってんべ。 ヤロー見つけてタコ殴りにしてやんよ」と、キヨ。


さっきの角について、クルマを降りるキヨと俺。 あたりを見回す。 人気がほとんどないし、暗い。 もちろんさっきのヤツももういない。

「もういいよ〜。やべえよ〜。」と、マサはまだ後部座席にいる。

すると、そこへさっきのヤツとは別のメキヤン2人組が現れた。 2人ともみたところ17、8。 俺たちと変わらない。 そのうちひとりは、俺たちに向かってシャドーボクシングを始め、「ヨー、アンタら見ない顔だな。こんなとこで何やってる?」

興奮気味のキヨは、男が言い終わらないうちに、リングブーツでガツガツ歩いて行って「ああ〜なんだとコノヤロウ」って、しかも日本語。

「いや、ちょっと待て、キヨ。 別にケンカ売ってるわけじゃ無さそうだ。」

俺は、シャドーボクシングの男に言った。「つい5分ほど前にこのゴミを俺たちに売りつけたヤローを探してる」

男は、アルミホイルの中身を見て、プッと吹き出しそうになった。 そうだよな。 笑うよな、普通。

「それにいくら払ったの?」

「…」言いたくない。

「まあ、いいよ。 多分俺そいつを知ってるよ。 そういうことするヤツは決まってる。 背がこれぐらいの口髭とバンダナだろ? 違うか?」

「そうだ、そいつだ」

「そいつ捕まえたら、いくらくれる?」

「20バックスでどうだ」

「ムイビエン、アミーゴ。 ついて来な」

俺たちは男について走り出す。 「おーい、俺はどうすんだよ」とマサ。 キヨはマサにクルマのキーを投げた。 

マサの「え〜、マジかよ〜」との声が後ろで遠のいていった。


つづく、


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