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釣り人語源考 イカ

イカの語源は一般的に不明とされている。
江戸後期の国語辞典『和訓栞わくんのしおり』(安永6~明治20年 1777~1887年 谷川士清)によれば、形がいかめしい(厳めしい)ことに由来するとされている。
『新釈魚名考』(1982年 栄川省造)ではイカの「い」は語声強調の接頭語で、「か」は「食(け)」がなまったもので、食用にされる動物の呼称と説明されている。
そのほか、「い」が発語で「か」が体内の甲羅であるという説。
「い」が「白い」で「か」が「固い」という意味であるという説。
イカはよく泳ぐので「行か」だからという説。

はっきり言うと、どの説もコジツケが酷くて「ちょっと何言っているのか分からない」レベルだ。
名前というのはその生物の特徴を掴んで命名されている。どれもイカの最も大事な特徴を見過ごしているではないか。
釣り人が直に感じる、イカの最大の特徴を解説しよう。

さてイカを釣る道具として、日本古来からの漁具である「エギ」や「スッテ」が存在する。
現代になってロッドやリール、そしてPEラインなどの進化によって、伝統的な漁具を「ルアーのように」(いやまあルアーそのものなんですが)キャストして操作し、アタリを取ってファイトを楽しむスタイルが確立した。
「餌木(えぎ)」をルアーとしてイカを狙う「エギング」は超絶大ブームとなって、すでに一大ジャンルとなった。

エギングでつかう餌木

アオリイカやコウイカなど近海性の大型イカを主に狙う時に餌木は使用される。エビや小魚を模した餌木は、江戸時代にはすでに洗練された漁具として開発されている。
木を削り出して錘を前方の下部に取り付け、カンナを後部に取り付けた餌木は、沈降させると前かがみの安定した一定姿勢でゆっくりと沈んでいく。
そして道糸をしゃくると餌木は跳ね上がって、敵から逃げるエビや素早く泳ぐ小魚のように振舞ってイカにアピールする。
この計算された「沈降姿勢」が大事で、背後から襲う習性を利用して効果的にカンナにイカが抱きついて掛かるように出来ている。

江戸時代の餌木
エダスに付けて使用。ウエイトは錢を使っている

アオリイカなどはかなり頭が良く、獲物は視力によって認識される。
イカは「変な動き」をする生き物に非常に興味を持ち、背後に回ってじっと観察する。
すると餌木がスーーーと沈んでいくとき、「これは逃げてしまう!」と思わず「触腕」を使って獲物を捕まえるのだ。
こんな素晴らしい漁具を開発した江戸時代の漁師さんはマジ天才だ。

距離がある位置で触腕で捕まえてから触手で包み込むようにして捕食する

イカの最大の特徴は「触腕」を使ってエサを捕まえることだ。
「腕があること」
魚には腕がないのである。
しかし、「うで」が「いか」の語源なんてあり得るのだろうか。
もっと調査を進めよう。
すると丁度良いことに、身近に「いか」に似た名前で腕がある、イカに似ている形の、我々海人におなじみの船の大事な道具があるではないか。
それは「いかり」である。

錨や碇と書く
イカと碇って形が似てないですか?

船を安全に係留するために、海底に沈めて使う道具は、古代に丸木舟や筏が開発されたと同時に考え出された。
最初期は、大きめの石に縄を縛って「重石おもし」として呼ばれたものである。
大阪市の森の宮遺跡からは縄文時代後期末から晩期前半の縄が巻き付いた状態の加工された石が発見されており、重さ12.5キログラム、砂岩製で打ち欠きを施し、蔓をよった縄で縛られていた

森の宮遺跡出土の重石

しかし少し大型の筏や、材木を組み合した船舶が造られるようになると、石だけの重石おもしは役に立たないこととなってきた。
「ひっかかり」が無いので少しの風や潮流で簡単に動いてしまい、動かないようにより重い石となると人間が持ち上げて作業することもままならない。
そこで石に穴を開けて、木の棒を差し込んで海底に刺さって引っかかる部品を取り付けることを発明した。
これが「重石おもしから「重石いかり」が誕生した時だ。
万葉集などでは重石と書いて「いかり」と読む。

穴あきの重石

そして次に「木碇きいかり」が発明される。
木碇は、枝の付いた木材を2つ利用し、細い石に溝を加工した「碇石いかりいし」を挟むように縛り付け、木材の枝が海底に引っかかるように考案された。
組み立て式なので運搬が容易で、船に格納するときでも場所を取らない利便性がある。
また重さの割に性能もよく、大型の木碇の製造も容易である。
平安時代の辞書である『倭名類聚抄』では「碇」を「伊加利いかり」と訓をふっている。

出土した木碇の片側部品
2つの枝のある木材を加工して
碇石を挟むようにして縛って組み立てる

「棒状のもの」「棒が付いているもの」を「いか」と古代では呼んでいたのだろうか。
「いかだ(筏)」は加工していない棒状の木を縄で組んで水に浮かべる。
うーむ納得。
「イカナゴ」の語源は「砂に潜って夏眠するので漁師には生活史が分からず、”如何いかなる魚”と言ったから」とされる。
しかし「夏眠するので」と、もう生活史知ってるじゃん…
「イカナゴ」の語源はその姿から「棒のような稚魚」だろう。あいつら砂に潜ることに特化した身体で腹ビレが退化している。ニョロニョロ泳ぐし。
「イカ」が「棒状」という意味なのは間違いないだろう。

棒のままの筏
棒状の稚魚、イカナゴ

しかし日本語というのは、その音と意味が循環し連鎖しているからこそ美しい言語であるとされる。
イカは釣り上げると「ブシュー」と墨を吐いて、鋭い眼で我々釣り人を睨みつける。
まさに「いかる」生き物だ。
また海中では体色を変化させて擬態したり、ジェット噴射を水管から出してダッシュしたり、身体内部に甲羅があるものがいたり、魚類とは全く違う知能を持った軟体生物である。
「如何なるもの」と古代の人は思っただろう。
ひとつの名前に多様な意味を持たせて膨らみをだすのが日本語なのだ。

めっちゃ怒ってる!!

古代日本では、赤ちゃんが「おぎゃあ、おぎゃあ」と泣くのを「いかいかと泣く」と書いている。
腕を振って泣いて、母に何か知らせる。
また大変おこっている人は、腕を振り上げて「いかっている」。

「いか(うで)」、「いかめしい」、「いかつい」、「いかる」。
これらの言葉は全て根っこで繋がっているのである。

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