見出し画像

ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(12)

保育園の近くには河川敷がある。
春だからか、つくしやたんぽぽが咲いていた。
ちょうちょも飛んでいた。

「ママ、パパのことおこってるの?」
やっぱり娘は気がついていた。もう正直に話すしかないのだろうか。
「うん。」

「パパはごめんなさいした?エミはケンカしたら、ごめんなさいするよ。」「……。」思わず言葉に詰まる。
「そうだよね。でも大人になると許せないこともあるんだ。」

「なんで?エミはごめんなさいしたら、ゆるしてあげるよ。」
「……。」また言葉に詰まる。なんて答えていいかわからなかった。
「保育園に行こうか。」

娘の純粋な問いに、返す言葉が見つからず胸が苦しくなった。
どう答えるのが正解なのだろうか。
なんで私がこんなことで悩まないといけないんだ。
夫が説明してくれればいいのに。

「おはようごさいます。」
「おはようございます。エミちゃんは変わりないですか?」
「はい、特に変わりないです。よろしくお願いします。」

「お母さん、顔色があまりよくないみたいだけど大丈夫?」
「最近なかなか寝れてなくて。すみません。よろしくお願いします。」
「はい、お預かりしますね!」

私は逃げるようにその場を後にした。
「ママ、いってらっしゃーい!」と娘の声がした。
振り返り、精一杯の作り笑いをして「いってきます」と手を振った。

保育園の門で、娘の隣のクラスにいる面倒見のいい友達と会った。
「エミちゃんママ、おはよう!」
「おはよう、ミキちゃん。」

「おはようございます。今日は早いですね!」
「おはようございます。早起きしたので、そのまま早く来ました。」
「そうなんですね!では、また。」

ここの家族は、いつも旦那さんが保育園の送迎をしている。
休みの日に近所の公園に行ったときも、旦那さんがミキちゃんと妹を連れて
遊びに来ていた。
奥さんはきっと仕事が忙しい人なのだろう。

理解のある協力的な旦那さんがいて、奥さんが羨ましくなった。
今までは他人の家族のことをこんなふうに見たことなどなかったのに。
それは、自分が幸せだと思っていたからだろう。今は違う。


パート先に着き、同じ売り場担当の田中さんに会った。
「おはよう。なんか具合悪そうだけど、大丈夫?」
「最近ちょっと寝不足で。明日は休みなんで、ゆっくりします。」

「無理しないでね。今日もそんなに忙しくなさそうだし。」
「ありがとうございます。」
制服に着替え、持ち場のレジに向かう。

正直、忙しいほうが余計なことを考えなくて済む。
単純な仕事なのにミスを連発した。
その様子を見兼ねたのか、「そんなに具合が悪いなら、早退してもいいわよ。」と田中さんが言った。

「すみません。」
「いいわよ、どうせ暇だし。今日は早く寝なさい。」
「ありがとうございます。お先に失礼します。」

帰ってゆっくり寝たいところだったが、家に帰るのは気が引けた。
近所のカフェで昼食がてら、少し休むことにした。
一人でカフェに行くなんて、何年ぶりのことだろう。

カフェに行くと、働いていたころを思い出す。
同僚のユカとよく仕事帰りや、外回りの休憩で利用した。
彼女とは、仕事のこともプライベートのこともなんでも話した。

私が退職するときも、「寂しいけど、頑張れ。幸せになれ!」と涙を流してくれた。
娘が生後3ヶ月のときに家に来てくれたこともあった。
そのときに、彼女も結婚することを聞いた。

彼女の結婚相手は取引先の人だった。
正直驚いたが、彼女の結婚を知って嬉しかった。
それ以来、彼女は仕事を続けると言っており、私も育児に追われ忙しく暫く
疎遠になってしまった。

元気にしているのだろうか。無性に彼女と話したくなった。
私には話せる相手は彼女しかいなかった。
早速、スマホでメッセージを送った。

「久しぶり。元気にしてる?また話したい。」と送った。
メッセージはすぐ既読になった。ちょうど昼休憩の時間なのだろうか。
「久しぶり〜!なかなか連絡できてなくて、ごめん。ちょっといろいろあってさ。」

「そうなんだ。仕事は忙しい?」
「うん、まあまあかな。新入社員の教育に手焼いてる(笑)」
「新年度だもんね。お疲れ様です。旦那さんは元気?」

「実はさ、離婚したんだよね。」
「え?……何かあったの?」
「なんていうか、価値観の相違?でも、円満離婚だよ!」

文字だけでも、彼女が無理してるだろうなと推測できた。
「そっちは、どうなの?エミちゃんも大きくなってるよね!」
「もうすぐで4歳になる。最近、何を考えてるのかわからない。」

「エミちゃん?それとも旦那が?(笑)」
「旦那。私が知っている人じゃないみたい。」
「何があった?あんなに相思相愛だったのに。」

そうだ。私もそう思っていた。でも今は違う。
「不倫してた。」
「え、あのカズキが!?思い違いじゃなくて?」

「昨日、子どもと一緒に女が来た。」
「うそ、信じられない…。」
「大丈夫‥じゃないよね。子どももいるのに何で。そもそも、そんなことするようなタイプの人間じゃなかったじゃん。」

「私、来週からまた出張だから、今週末でよければ会おう。」
「ありがとう。また連絡する。」
「いつでも連絡して。」

元同僚の離婚を知って、驚いた。
ちょっと会わない間に、彼女も辛い思いをしたに違いない。
離婚を決断するときは、どのような気分だったのだろうか。

今の自分と同じように葛藤したのだろうか。


#創作大賞2023


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?