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コミュニティと池クジラ戦略。法人の信用について考える。

おはようございます。

法人を設立して以降、持続可能性をキーワードに色々と学ぶ事がありました。事業を行うにあたって、「ただ長年やっていること」よりも「長年続けられる仕組みを作っていること」が遥かに重要ですね。

今回は、企業が持続するために必要な「信用」に焦点を当てて、信用のふたつの側面について考えてみます。また近年盛り上がりを見せている企業コミュニティの正体とは?といったことに触れつつ、これからの戦略について分析してみます。
それによって個人と法人の違いを浮き彫りにし、これからの個人としてもしくは法人として、どのような立ち回りが最適か考えてみます。




これからの時代のマイクロ法人

これからの時代の流れとして、マイクロ法人という働き方が主流になると考えられています。(日本ではまだ少ないですし、そんな流れが本当にくるのか疑問な部分はありますが、そういう説もありますよ。と。)

マイクロ法人
家をオフィス、従業員は自分のみ(もしくは家族)で構成される、節税のために個人を法人化したもの。もしくは個人事業化。

現代は「個の時代」とも呼ばれ、それぞれが自分の能力に合った自分らしい働き方を見つけ始めていますね。
自分が生き易いように環境を変化させることは大切ですので、自分らしい働き方を見つけるという事は素晴らしいと思いますが、人類社会は多くの人が複雑に絡み合って存在しているので、「個の生存」だけを優先していると、思わぬところで足元をすくわれそうです。
ですので、従業員を雇わないマイクロ法人を設立するとしても、税制面以外の法人化メリットについて考えてみても面白いかもしれません。今回はその中でも信用という側面にフォーカスして考えてみました。



法人化すると信用が大きくなるというのは本当か

「個人よりも法人の方がしっかりしてそう。」なんてイメージはありませんか?実際どうなのでしょうか。
結論から言うと、信用の可視化はしやすくなるが、信用を意識して行動しない場合、法人か個人かという切り分けにおいて明確な差はないと感じます。

旧会社法では、最低資本金制度というものがあり、最低1000万円の資本金がないと株式会社を設立することができませんでした。そのため、「設立する」こと自体が一種の資金力証明になっていました。
ただ「1000万円の資金がある」というと単純に聞こえますが、それは、事業を存続させる力があるということや、それを稼ぐだけの信用や継続力があることなどを意味していると思います。
しかし今は、資本金1円で設立することができるようになりました。手続き費用も20万程度で、年間維持費も知れています。

そうなってくると、簡単に法人設立ができる反面で、旧会社法時代に比べて信用面での恩恵を受けにくくなることは想像できますよね。



信用の新しい側面

そもそも、信用というものが何故重要なのか考えてみましょう。
それは、信用はお金に転換する事ができるため、「信用=資産」とも考えることができるからです。ビジネスセンスがないインフルエンサーが開発した商品でもある程度売れる現象もそういった「転換行為」を行っているわけですね。(もちろん転換に失敗すれば信用を失うわけですが。)

こういった目に見えない資産の事を無形資産といいますが、資産というからには正しく運用する必要があります。
無形資産はお金に転換することができると言っても、そのレートは明確ではないですし、そもそも信用というもの自体が明確ではないですよね。ですので、むやみに信用を使い回していては、いつかその信用すら失います。きちんと管理し、適切に転換していきましょう。

信用について掘り下げるにあたって、「旧時代の信用」と「新時代の信用」に分けて考えていきましょう。どちらを優先して獲得していくべきかについては一概に決定することはできませんので、自分のビジネスによって柔軟に変えていく必要がありそうです。



旧時代の信用と新時代の信用

旧時代の信用とは、特定のコミュニティ内で「〇〇ならあの人」とか「あの人に任せておけば間違いない」と言ってもらえる関係値を作ることです。あまり難しく考える必要はありません。友達関係において「あいつなら大丈夫だ」と言えるのも旧時代の信用にあたります。
(ここでは「旧時代」と言っておりますが、古い考えというわけではありませんし、これから廃れていくものだとも思いません。ただ区分けして考えていきましょうというニュアンスです。むしろいま、この信用が再注目されているという話を後からします。)
この信用は非常に曖昧なもので、外から見ても分からないし、本人達も数値化することはできません。
これを会社に当てはめて考えると、「信用=ブランド」と言えるでしょう。明確に数値化することはできないものの、確実に存在しており、購買者の意思決定に影響を及ぼすものです。

では新時代の信用とはなんでしょうか。それは、数値化できるもの・可視化できるものを意味しています。分かり易いもので言えばSNSのフォロワー数でしょうか。さらに言えば、個人単位だと卒業大学や就労経験など、会社単位だと実績や取引先なども新時代の信用と言えるでしょう。
これらの信用は初対面の人を図る尺度として活用できます。
「フォロワー数=認知度=ブランド」と考える事もできますが、そのように括ってしまうと「悪目立ちして認知を得た人もブランドがある」となってしまいますので、私が旧時代の信用の例として挙げたブランドとは単なる認知度ではない事はお分かりいただけるでしょう。
そう考えると新時代の信用は単なる目安にしかならず、「一見すると凄そうなもの」かもしれませんが、それが本当に優れたものであるという証明にははなっていないでしょう。
例えばSNSのフォロワーが多い事は素晴らしいですが、フォローキャンペーンや紹介キャンペーンを行えば一定数増やす事はできますし、実績や経験なども、程度を除けば小さなものをかき集めて過大に表現し、ある程度書き連ねる事は簡単でしょう。ただしその書き連ねた実績に「再現性があるか」「応用した活用ができるか」といった評価を加えると、その信憑性は低くなります。

このふたつの信用はどちらも十分にあると良いのですが、業種やタイミング、時代によっては重要視するバランスは偏りそうですね。
企業は一時、新時代の信用獲得に力を入れていた時期がありました。各企業がコンサルを雇い入れることや社内広報の在り方を見直すなどして、SNSへの進出を企てていた時期です。
しかしどの企業もしばらくして、「新時代の信用では、ある程度の認知を獲得することはできるが、ファン化する事は困難である」ということに気が付きました。そうして現在着目されているのが、旧時代の信用に立ち返った経営戦略です。

もちろんSNSを活用したファン化・ブランディングも可能なので一概に「SNSをやる=新時代の信用を作る行為」とは言えませんが、数字のための活動が活発に行われていた時期があったのは事実ですし、リアルで顔を合わせたコミュニケーションと比較すると、オンライン上の関係というのは希薄化しやすい側面があるのも事実でしょう。



コミュニティと池クジラ戦略

旧時代の信用の重要性が再認識されて以来、企業は池クジラ戦略をキーワードに、地元コミュニティの運営へと力を入れ始めました。なぜこのインターネットの時代、広告の時代に企業はローカルなコミュニティに力を入れるのでしょうか。

池クジラ戦略とは簡単に言えば、地域で力のある企業になることが、グローバル化社会においてより有利な戦略であるということ。

池クジラ戦略の命名の由来は、「ビジネスはブルーオーシャンを見つけろ」とよく言われるが、そのブルーオーシャンですら危険が潜んでいるという話で、広い世界(オーシャン)で戦ってしまうと、より資金力のある大手や、より画期的なアイディアを持った人に真似をされると、そこはたちまちレッドオーシャンになってしまうということから、小さな世界(池)でクジラのように大きくポジションをとるべきであり、そこは信用で築かれた世界であるため簡単に代替品に負けないという話である。

つまり消費者側の視点で考えると、海外製やネットで売られている多少安い物や多少性能の優れた物よりも、割高だとしても顔が見えて信頼できる相手から商品を購入したいという思いがあるため、その心理を理解しビジネスに活用する必要があるということです。

最近では中国産の驚くほど安価な商品が手に入りますが、「信用情報を抜き取られる」や「発がん性物質が含まれている」や「労働者が搾取されている」などの良くない噂を耳にします。自身の安全を考慮した時に、(その割合がどの程度なのかはわかりませんが)多少割高でも(旧時代の信用を得ている)日本製を購入する人はまだまだ多いでしょう。

それらの、本当かどうか分からない噂を元にしたデメリットを除いて考えると、普通では実現できない程の低価格商品と多様な品揃えで、目を引くようなキャンペーンを行い、想像もできない程の広告費を使っている中国企業に、我々は太刀打ちすることができません。

そこで必要になってくるのが旧時代の信用です。これは、非常に構築しにくいものであり、数値化することも難しい反面で、一度手に入れると、外部からの価格競争や品質競争に脅かされにくくなるという強みがあります。

膝と膝をつき合わせたお付き合いというのは、地域だから再現性があることであって、県や国を跨いだクローバルな関係ではその効果は薄れるように感じます。
そこで着目されているのが、企業コミュニティです。
海外資本との戦いにおいて多くの面で敗北している企業は、日本という島国で「安心で安全で良い物をそれなりの価格で」というポジションに着地しようとしているのではないでしょうか。


コミュニティの有用性や池クジラ戦略については別の記事で詳しくお話できたらと思っていますので、今回は信用という側面にフォーカスして話を続けていきます。



信用を可視化する

企業コミュニティは、顧客をファン化するための良い手段だという事は分かりましたが、それに加えて、信用を可視化するという側面があると感じます。
法人として信用を積み重ねるためには、実績や継続年数を重ねていくという方法がありますが(もちろんこれは書面上の見せかけではなく、その実態があり、その最中で優れた顧客体験を提供していること)、これを商品単位や事業単位で行うのではなく、コミュニティ単位で行うという考え方です。つまり企業コミュニティは、旧時代の信用を着実に積み上げていくと同時に、新時代の信用としても活用できるということです。
これが冒頭でお話しました「ただ長年やっていること」と「長年続けられる仕組みを作っていること」の違いに繋がります。

企業コミュニティによって獲得できる旧時代の信用とは、そのコミュニティによって人と人が出会い、膝と膝を突き合わせて会話し、オンライン上では実現しなかった信頼を築くことです。
それとは別に得られる新時代の信用とは、企業コミュニティを通して行ったプロジェクトやユーザー発信で活用されたアイディアなどをまとめることで、そのコミュニティが単なる企業認知を拡大するためのものではなく、ユーザーのためのコミュニティであるという事実を外部イメージとして定着させることです。

これらのメリットは、最終的には企業に還元されるのですが、その全てが企業のためというわけではなく、活動自体が地域貢献やユーザー体験に繋がっているため、企業とユーザーがwin-winの関係であると言えるでしょう。



イメージの一貫性と信用が蓄積される場所

最後に、個人と法人の違いについて触れていきます。

まず企業であるメリットとして、イメージに一貫性を持たせることができるという点があげられます。もちろん個人でも徹底したブランド管理を行うことで一貫性を持たせる事はできますが、「個人が一貫性のある行動をすること」と、「全従業員が一貫性のある行動をするための仕組みがあること」には大きな差があります。
複数の人間が独自に意思決定して生きている社会で、その全員が共通したひとつのコンセプトを体現するためには、自分ひとりが信念を持って行動するのとは比較にならない程の差があることはイメージできるでしょう。
この徹底したブランド管理こそが企業の信用を裏付けるものになるのではないでしょうか。

また個人と法人とでは、信用を蓄積する場所が違います。
個人の活動による実績は個人に回帰しますが、法人では全従業員の活動による実績が法人に集約されます。
つまり法人のメリットは、マンパワーに比べ加速的に実績を蓄積でき、さらに個人では達成できない(もしくは取り組む事すらできない)大きなプロジェクトを実績として掲げる事ができるという点です。

逆に言えば、このあたりまで考えて行動しないのであれば、信用という側面において、法人化のメリットは小さいのではないかと思います。



持続可能性のある取り組み

これらの話から見えてくるように、企業にとって持続可能性は非常に重要であり、その持続可能性を実現するための方法が信用を蓄積することで、そのための手段のひとつが企業コミュニティであると考えられます。

しかしこのコミュニティは企業のためだけのものではなく、ユーザーにとってもプラスの効果を与えるものであるため、意欲的に参加してみてもいいかもしれませんね。
自分にあったコミュニティを見つけることで、仕事と家の往復以外の人生を見つけ、QOLを高めることができます。
つまり企業としては、そうした意欲のあるユーザーを囲い込むための方法を模索し、ニーズのあるコミュニティを作り、運営していくことがブランド構築のためのひとつの手段になりえるという事です。



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