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ソマン⑥~コロドンパへ~

ありがたいことに、夜中にお腹を壊すこともなく、朝を迎えた。

ソマンはお寺とおじいさんが住む家以外、他に集落はない。
少し下に、石積みの塀で囲まれた、こちらも石造りの四角い小さな家が見えたが、今は誰も住んでいないらしい。
マナリの僧院などから、隠遁修行の為にやってくる人々が住まうところであるという。

周りに家が無く、高い山の斜面に立っているので、時々下から雲が上がってくる。
天気の良い日でも結構寒くて、みどりちゃんなどはほとんど冬着で外の椅子に座っていた。
朝や夜は更に冷えるので、ブランケットを羽織って空と山並みを見下ろしていたりする。

下界と離れた空中の聖域のようなソマンであるが、生きているのは人間である。
台所も、水場も、トイレもある。

ただトイレだけは家から離れており、
ソマンの門の外、20~30メートルほど斜面を斜めに下りたところにあった。
青いビニールシートで囲われており、中に入ると地面が踏み固められて、中央に穴があいている。そこに、木の棒の先に丸くて平たい石がくっついた、手で動かせる重たい蓋がのっていた。
ラダックのトイレに似ている。

トイレが遠いと、なかなか気軽に行けないものである。
更に夜中は真っ暗な坂道だ。
その夜は無事に過ごせて、安堵した筆者だった。

朝ご飯は、マギーというインスタントラーメンを、アマチュンが作ってくれた。
やや塩味が強くて、ツァンパを混ぜて中和して食べた。

朝にはもう心が決まっていたので、力は無いながらもコロドンパへ行く旨を伝えた。

アマチュンは、みどりちゃんにも声をかけていた。
筆者の友人の方は元気だから、多分アマチュンと友人は早いペースでコロドンパへ行ける。筆者は弱っているので、みどりちゃんとゆっくり来れば良い、という気配りである。

みどりちゃんは、最初は行く気ではなかったが、女性陣が全て行くということになり、登山用の杖を持って参加してくれることになった。

山の上(コロドンパ)で昼食(インスタントラーメン)を作って食べるということで、友人は水やインスタントラーメンなどの荷物を持つことを引き受けてくれた。
筆者は上でお祈りができればラッキーだと思い、お祈りのテキストセットを持っていた。それを、アマチュンが小さなリュックに入れてくれるという。ここは甘えさせてもらうことにした。

今でも良かったと思うのは、日帰り予定でもお祈りセットを全部持っていたことである。こんな不測の事態が起こるとは思っていなかったが、お祈りがなされずに数日過ごすことになれば、そっちの後悔と心配で、聖地にいても心そぞろという感じだっただろう。

さて、空手になった筆者に、おじいさんは山登り用の杖を差し出してくれたが、杖が重くなるだろうと思って辞退した。

いざ出発である。

少しの間、緩やかな山肌の道が続いた。
15分程歩いただろうか。結構すぐに、「ドルマ・プㇰ」と呼ばれる、ターラー母尊が祀られている洞窟があった。聖地の1つである。
しかし「帰りに寄れば良いから」ということで、行きはスルーした。

おじいさんは、昨日からヨレヨレの筆者を見て、
「こいつはドルマ・プㇰまで行って帰ってくる。」と予想を立てていたらしい。
アマチュンがそう言っていた。

ドルマ・プㇰを過ぎてしばらく歩くと、急な岩だらけの上り坂が始まる。
その1時間ほどの坂道が、最も体力を使うところであった。

おじいさんは、筆者がさっさと脱落すると読んでいたのだが、意外にも筆者はしっかりとアマチュンに付いて登っていた。
荷物を持つ友人の方が、気持ちが悪いと言っている。
荷物を持とうかと言ったが、彼女は自主トレのように、自分でしっかりと荷物を背負って登ってきた。

彼女がトレッキングをする時は、朝ご飯を食べないか、食べても果物を少しだという。身体が軽い方が、歩き易いそうだ。
しかし今朝は、普段食べないインスタントラーメンとツァンパでお腹がいっぱいになってしまった。
消化ができずに、気持ちが悪いと言っていた。

逆に筆者は、朝ご飯を食べないと元気が出ないタイプである。
昨日具合が悪くなったのも、単なるカロリー不足だったのかもしれない。
そう考えると、比較的解りやすい体調不良の原因だった。

途中、岩肌を湧水が流れているところがあった。
水を汲んで飲むと、冷たくて体の中をスーッと流れていくようだった。
下の村で畑をやっている人々は、ここへ水の確認に来るそうだ。
この場所に水が豊富であれば、下流の畑にも恙なく農業用水が流れる。

この先のもう1つ水流があるから、水を沢山汲む必要はないと、アマチュンは言った。
しかし山での経験が豊富な友人は、「無いと思って用意しておいた方が良い。」といって、水ボトルいっぱいに岩肌を流れる水を補填した。

結局、友人の読みが当たっていた。その後で小さな水溜りはあったものの、水流を見つけることはできなかった。

ゆっくりゆっくり、友人は写真を撮りながらついてくる。
アマチュンとみどりちゃんと筆者は殆ど離れず、先を歩いていた。

岩だらけの道を登り切ると、みどりちゃんが怖がったという、狭い山肌の道が始まる。
その頃には友人も追いついて、4人で山の斜面を殆ど平行に進んでいく道を眺めた。

ポツポツ雨が降ってきた。
雷の音もする。

平地であれば浄化の雨、吉兆であるとも取れるのだが、アマチュンは少し考える。
「雨が降ったら石が落ちてきやすいから、気をつけろと言われてる。」
山の先輩のおじいさんから、山道を歩く時の注意を聞いているのだろう。
彼女は目の前の山の向こうに、雲がかかっているのも気にしていた。
雨が降ったら、砂地の山肌は危ない。

しばらくその場で、皆口をつぐんで考えていた。

空を、大きな黒い鳥が緩やかに飛んでいた。

つづく。


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