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何にも期待しないのが長所で、何にも期待出来ないのが僕の短所らしい。

東京から実家に帰省する時に、絶対に深夜バスで帰る友人がいる。

適当に小林とでも名付けよう。

都内で電車よりもバスで移動したがる変わり者だった。

小林曰く電車や新幹線が嫌いなわけでも、お金を気にしている訳でもなく、ただ純粋にバスに揺られている時間が好きらしい。

お金で時間と楽さを買えるならそっちを選択してしまう僕には到底理解出来ない話だった。

以前一度だけ深夜バスで帰省したことがあるけれど、換気が行き届いていないもんわりとした社内の空気と、隣に座っていた小太りの男性のいびきが煩くて散々な思いをしてから毛嫌いしていた。

梅雨時に渋谷のWIRED TOKYOで男二人悲しく駄弁っていた時、ふとその話になって、「なんであんな息苦しい移動が好きなん?」と小林に聞いてみたら、「窓際の席でぼーとしてんの好きなんよね」朝方とか深夜の景色とかが移ろぐのをただ眺めている時間が好きだと言った。

それからさと前置きをして、「新幹線より人との出会いが多そうだから」とも言った。後者は意味が分からなかった。

なんでも小林は、以前偶々乗り合わせたバスで隣に座った女性と意気投合、LINEを交換し、ムフフな展開に発展したことがあるとか。

「バスには電車や新幹線にはない出会いがあるんだよ」
これまじな?と小林は大真面目に僕に訴えかけてきた。
やっぱり意味が分からない。

「そんなん偶々だって。新幹線でも電車でも出会いなんて変わらねーよ」と僕が反論する。

小林はぬるくなったホットモカが入ったカップを口元に運びながら、僕から視線を逸らした。何かを指摘するときの彼の癖だった。

「何にも期待しないのは長所でもあるけど、何にも期待出来ないのはお前の短所な気がする。他人にも自分にもな」

その後僕はなんて答えたのかはっきり覚えてはいないけれど、「その通りだと思う」と曖昧な返事はしたような気がする。

それから半年後の年末、成人式を迎えるタイミングで、僕は人生2回目の深夜バスに揺られていた。小林の言う理由のない何かに期待してみたくなったからだ。

社内の空気は相変わらず澱んでいて好きにはなれそうにはなかったけれど、窓際で作業BGMを聴きながらただぼーとしている時間は案外悪くはなかった。

時刻は日を跨いで数分が過ぎた頃、隣でウトウトしていた女性の手からスマホが転げ落ちて、僕らの座席の丁度中間くらいのところに飛んできた。

「これは小林の言っていた通りなのかもしれない!」

そう思った僕は、すかさず床に落ちたスマホを拾って、半分寝ている彼女に「落ちましたよ」と言って差し出した。

その声に反応した女性は、何故か少し僕を睨むように(今思えばねぼけていたのかもしれない)してから、半ばひったくるように僕の手からスマホを受け取ってまた眠ってしまった。

深夜バスは、やっぱり好きにはなれそうになかった。


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