推し
「お前、本当に俺の事好きだな」先輩は満更でもない顔をしている。
大好きです。と言えてしまえばどれだけ良かっただろう。
決して届く事のない思いを隠しながら「当たり前じゃないですかー」と笑って見せた。
「推しだから?」
「推しだからです」
何度も繰り返された定番の件。
推しだからと言い訳をする度に、後悔というブロックが一つ積み上がってく。
テトリスなら、そろそろ画面が消えることの無いブロック達で一杯になってしまいそうだ。
だからといって「恋愛として好きです」と伝えたところで、後悔は消えてくれない。
特大のダミーブロックが降ってきてゲームオーバーになってしまうのがオチだろう。
届かない恋をした時点で、これはクリアのない無理ゲーだ。
そんな恋愛に手を出してしまった自分が悪いのは分かっているけれど、気持ちは高まり続ける一方でどうしようもなかった。
先輩には彼女がいる。
私とは比べ物にならないくらい美人で可愛い人。
だからせめてもの抵抗で「推し」という言い訳を使って近づいた。
「卒業しても会ってくださいね?」
寂しいの? と言って先輩は笑う。寂しいに決まっている。
「隣の県だし暇だったら遊んでやるよ」
「言いましたからね! 絶対ですよ! 連絡待ってますから!」
「絶対な! 連絡するから待っててな」
知っている。
先輩は滅多な事がない限り連絡は返ってこない事を。
知っている。
私以外にも同じ事を言っている事を。
知っている。
先輩は彼女の事を心から大切にしている事を。
だからきっと全部嘘だ。
知っているはずなのに、私は毎日自分に言い訳をして先輩に近づいていた。
毎日ひとつずつ丁寧に後悔を重ねていく。
先輩はもう直ぐ卒業だ。
この校舎から先輩がいなくなったとしても、私の中からは消えてくれないだろう。
もうすぐ春が来る。
「推し」という言い訳だけでは先輩の横に居られない、春が来る。
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