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おねショタが楽しめない!! 1話


あらすじ

【おねショタ好きの男子中学生の元にお姉さんが?!】

人気イラストレーター「たかむ~」のゴーストライターとして暮らす柊人。日夜お姉さんのイラストを執筆するも、おねショタを一途に想うがあまり、周囲から呆れられていた。
そんな折父親の再婚によって待望の姉ができる。しかし彼女はなんと人間アレルギーだった。引きこもりな姉に「お姉さん」への幻想が砕かれて、おねショタアレルギーとなる。
そのせいで、ゴーストライターの業務が進まない。
おねショタアレルギーを治すため、姉の人間アレルギーを治療することに決めた。

キャラクター設定

【主人公】須郷柊人
中学2年生。痩躯で体力がない。
おねショタを愛して止まない少年。全てを受け入れてくれるお姉さんのことが大好き。
人気イラストレーター「たかむ~」のゴーストライターとして活動中。
父親から育児放棄をされ、持ち家で10年間独り暮らしをしている。「捨てられる」ことを極端に恐れている。

【ヒロイン】須郷真奈美
高校2年生。目つきが悪く、高身長。
人間アレルギーで、引きこもり。
見た目が原因で受けたいじめにより、人間アレルギーを発症した。
人と同じ空気をすうと気持ち悪くなるために、ガスマスクをつけている。

【サブキャラ】白石輝
中学2年生。柊人のクラスメイト。サッカー部のエース。
なぜか人の苦手なものばかり聞いてくる。柊人のよき理解者で唯一の友人。

本文

 本日、六月二〇日木曜日。
 六限が終了した午後一五時三〇分。

 教室の窓は雨が叩きつけて、ビシビシと音を立てている。
 大田区立大森第三中学校は梅雨の真っ最中。よって二年A組には、気怠い雰囲気が充満中。
 グラウンドの土を削り取る雨に、誰もが帰宅の意志を折られていた。

 須郷柊人はしきりに腕を撫でる。
 炭酸のように沸き立つ焦りを抑えるためだ。
 
 隣席の白石が肘で小突く。サラサラな髪の毛と、眠った猫のように細い目が、一部の女子の間では人気だという。
 同い年の女子が考えることはよくわからない。

 白石はこちらの背もたれに身を乗り出してきた。
「苦手なものは?」
「いつも聞くけどなんなの、それ」
「いいから、苦手なものは?」
 白石はずいと、顔を出してくる。
「納期に決まってんだろ!」
「納期って、ゴーストライターのか?」
「ばっか。言うなよ」

 柊人は両手で白石の口を塞いだ。
 そして辺りを見回す。
 だけど、誰もこちらに目線を注ぐ者はいない。
 ほっと胸を撫でおろし、白石をきつく睨む。
「悪いって」
 白石は平々凡々とした平謝りをする。
「ったく」

 悪態をつくと、白石は持ち込み禁止のスマホを飄々と鞄から取り出した。
「おい」
「大丈夫だって。いま先生いないから」
 白石は「X」に投稿されたイラストにいいねを押した。
 画面をこちらに向けて人懐っこく笑う。
「これで許してくれ」
 
 色が白く、滴っている瞳。左手で右の二の腕を握り、こちらを覗く女性のイラスト。濡れた死に装束からはみずみずしい谷間が微笑む。
 既に五万もの同士がいいね済みだ。
 白石がスワイプしてアカウントのバイオ欄にまで上る。
 
 アイコンは銀髪で少女が目を輝かせている。
「本日も眼福をありがとう、たかむ~先生」
「の、ゴーストライターな」
「そんな謙遜しないでください。いまやフォロワー二十八万人越えの神絵師なんですから」
「だからゴーストライターな」
 
 イラストの投稿主「たかむ~」は、お姉さん専門絵師として、フォロワー二八万人を抱える人気イラストレーター。
 彼の投稿するイラストが自分の手によって生まれたのだと考えると、我ながら恐ろしい。
 
 白石が呆れがちに肩をすくめる。
「年上のお姉さん以外にも挑戦してみたら?」
「できたらやるわ」

 白石は数秒こちらを眺める。
「やる気なんてないくせに。嘘つくなよ」
「汗、舐めてみる?」
 柊人は咄嗟に腕をだした。
 白石は「気持ちわる」と顔をひしゃげる。
「オレはイタリアのギャングじゃないんだが」
 
 柊人はわざとらしく、悲哀に満ちたため息をついた。
「やっぱりおれを受け入れてくれるのはお姉さんだけなんだ」
「姉を神聖化しすぎだろ」
「そう、お姉さんは神なんだよ!」
「……まぁ、創作の糧になるなら、なんでもいいけどさ」
 苦笑する白石に、柊人はカバンから薄い本を取り出した。
「白石も読めばわかるって」
  
 タイトル名は、『お姉さんといっしょ!』
 六歳の少年戦士と、二〇歳の巨女魔法使いが、魔王を倒すために、冒険をする、大人気おねショタライトノベル。おねショタの魅力が全て詰まった逸品である。

「まず、子どもは義務教育下において、成人している女性と話せる機会というのはほとんどない。むしろ国から意図的に妨げられていると言っても過言じゃない。子どもは子どもと接することを強いられるんだ。だからこそ、年上の女性であるお姉さんと話すことに多少の背徳感を覚える。その背徳感こそがおねショタの魅力なんじゃないかと思っているんだよね。だから——」

 柊人が言葉を続けるも、白石は両目の間を揉んだ。
「つまり、おねショタはどうなんだ?」
 柊人は両ヒレを上げる。
「サイッコーだぜ!」
 ポン、と肩を叩かれた。
「あとで職員室来るか?」
 振り向くと、担任の斎藤が柔らかな笑みでこちらを見下ろしていた。
 彼の目には殺意が見え隠れしている。
 鼓動の強い心臓が耳から飛び出ぬよう、小さな声で誤魔化す。
「あ、えっと……?」
「もうホームルーム始まっているんだが?」

 クラスメイトたちは既に真っすぐ前を向いて、大人しく座っている。
 白石の背筋なんか、それはもう立派な直線である。
 こいつ、裏切ったな。

「ホームルームで性癖の暴露するか?」
 背中に冷や水でも浴びた気分だ。
「……すみません」
 謝罪で満足した斎藤は悠々と教壇へ歩く。

 ホームルームはつつがなく進行する。
 我らが斎藤先生の威厳により、ものの五分で終了した。だが生徒たちは天候を案じて教室から出ようとしない。

 カバンを肩にかけた柊人を白石が呼び止める。
「もう帰るのか?」
「締め切りがあるからな」
「大雨だぞ?」
 白石の視線の先、雨は止むことなく降り続いている。

「それでもおれには帰らなきゃいけない理由があるんだ」
「よっ、帰宅部のエース」
「おねショタを手にしたおれを、雨では止められないよ」

 雨ニモ負ケズ風にも負ケズ、オネショタヲ楽シム。ソウイウ者二私ハナリタイ。
 白石は頭のつむじをみせて溜息をついた。
「おまえの将来が心配だよ」
「ほっとけ」
「最後にいいか?」
「いいよ」
 どうせ、例の質問だ。
「苦手なものは?」
「ショタおねだよ」
 子曰く、ショタおねは断罪せよ。
 ショタおねは、おねショタとは異なり、ショタが主導権を握る。
 そしてショタがお姉さんを服従させる姿から、読者は快楽を得るというものだ。

「ショタがお姉さんを支配するなど言語道断。男であるからには須らくMであるべし」
 これには、かのサイヤ人の王子もハゲしく同意するだろう。
 柊人が切れ散らかすのを、雨雲はごうごうたる雷で笑った。
「嫌いすぎだろ」
 白石は片方の眉だけ吊り上げて苦笑する。
 急いた背中を見せるように、くるりと振り向いた。
「じゃあ。また明日な」
「あぁ、また明日」

 走ったとは認識されない上限のスピードで、廊下を早歩きをする。
 下駄箱でナイキの黒いスニーカーに履き替えて、雨を吸い寄せる歩道を走る。
 ドタバタと忙しなく降り注ぐ雨に傘がいつまで耐えられるか。
 そもそも傘を持っていたとしても、水たまりで靴に浸水していく。
 憎き線状降水帯を傘の先でぐちゃぐちゃに青空へ溶かしてやりたい。

 水滴が制服の繊維をすり抜けて肩に触れる。
 肩だけじゃない。背中股下に浸水して身体全てが寝しょんべんをしているようだ。
 なんだか赤ん坊戻った感じ。心地いい。

 でも、身体は怠くいうことを聞かない。
 そのとき、遠く向こうの方で声がした。
「がんばって!」
「——あなたは?!」
 妄想から飛び出した銀髪褐色メイドが、胸をくすぐる笑顔で手を招く。
「貴方の専属メイドです」
 翡翠の目でウインクされては、頑張らざるを得ない。

「もうちょっとよ」
 金髪エルフさんの黒いロングスカートは風に揺られている。投げキッスから芳醇な香りがする。

 さらには、ニットセーターのご近所お姉さんは柊人の右手を引いていく。
「あと少しだから、ね?」

 妄想から生まれたお姉さん(精霊)たちが一斉に名前を呼んだ。
「柊人くーん!」

 気候は激しくなる一方だ。
 大粒の雨に撃たれて、肌は打撲していてもおかしくない。
 そんなことどうでもいい。
 
 柊人は失笑して、豪雨のあいだを疾走する。
 雨雲に向かって叫ぶ。
「全軍突撃じゃー!」

 帰らなければ。
 傘を閉じて、家路に急ぐ。
 精霊たちに導かれるままに水たまりを駆ける。

「お姉さん、待って!」
 呼び止めても精霊は進んでしまう。
 やっと追いついたと思ったら、すでに家についてしまった。
「おかえり」

 精霊たちは言い残して消えてしまった。
「そんなぁ……」
 もとより妄想より生まれた幻想。消えるのもまた早い。
 うなだれた右手で玄関を開け、制服を脱ぐ。
 濡れた制服は、鎧のような重みがあった。
 
 すぐ右手の脱衣所で、須郷柊人は、全裸になる。
 服を手に入れるべく、柊人はリビングへと足を踏み入れる。
 ファミリータイプの一軒家で、独り暮らし。
 母は産まれたときからいない。
 父はいま何をしているか知らない。
 時折手紙が来るが、読んだことはない。

 自室はいつの間にかに仕事部屋に。普段の生活はリビングで事足りていた。
 世界は学校と、リビングで事足りる。
 
 柊人は全裸のまま歩き、ソファとローテーブルの先で部屋干しされた服に手をかける。
 いま、ソファになにかいなかったか?
 外で雷が落ちるのと同時に振り返った。
 
 ソファに寝転ぶみたことのない囚人。
 オレンジ色のツナギでゴーグルタイプのガスマスクをつけている。
 両手はピンクのゴム手袋を嵌めている。
 生を実感していそうな恰好。屋内で芋るタイプのレジェンド。
 
 ゴーグルのなかにはふさふさの黒いまつげと、病的に白い不健康な肌が眠っていた。
 やや開いた唇からは、空気が漏れてゴーグルに曇りを産んでいる。
 だれだれだれ。まじでだれ。
 空き巣?

 口がパキパキと音を立てて乾いていく。
 一〇年なにもなかったこの家に、とうとう危険が舞い降りてきた。
 まだ仕事が残っているから、死ぬわけにはいかない。
 とにかく警察に連絡を。

 ゴーン、ゴーン。
 四時を示す柱時計が鐘を鳴らす。
 やつがゴーグルの下で目を覚ました。
 ソファの革が音を立てたのは囚人が起きた証拠であった。
 囚人が腕を上げて伸びをした。
 そしてこちらを一瞥。
 
 ゴーグルの裏側から、腹をすかせた猛獣がこちらを睨んだ。
 表情から醸される殺気。
 彼は、喉を閉めようとこちらへ手を伸ばした。
「……うううああああああー!」
 柊人は悲鳴を挙げて尻もちをついた。
 それでも懸命に脚をバタつかせ、リビングの隅に引き下がる。
「いや、悲鳴はこっちのセリフなんだけど……」
 柊人は未だ裸一貫である。丸腰である。
 囚人の背丈は一六〇センチの柊人よりも大きい。
 とにかく通報。
「ススス、スマホ」
 スマホを探すもどこにも見当たらない。

 顔から血の気が引く。
 やばい。仕事部屋に置いたままだ。
「お金ならあげますから!」
 柊人は諸手を振って必死に抵抗する。
「……違うって」
「命だけは助けてください!」
 泣きじゃくった額を床にこすり付ける。
 死にたくない。
 その一心で、できうる限りのサービス精神を床に押し付ける。

 すると囚人はガスマスクを外して、色の薄い額をこちらに向けた。
 肩まで伸びた髪はボサボサだ。
 でも前髪をかき上げているせいか色気が半端ない。
 胸がツンと尖っている。……女?
「だから違うって……泥棒じゃないから」
「じゃあ、だれ?」
「あね」
 はて。
 姉などいただろうか。

「お姉ちゃん……?」
「そうだよ」
 柊人は喉の空気を吐き出すように笑った。
 お姉ちゃん、なんてそんなわけはない。
 だって一人っこだもん。一〇年間、一軒家に一人暮らしなのだ。
 
 柊人がまごまごしていると、囚人が申し訳なさそうに尋ねた。
「手紙、来てない?」
「手紙……あっ!」
 柊人は斜め後ろにあったゴミ箱を漁る。
 ティッシュや、ティッシュなどを掻き分けた先に、それはあった。
 水色の封筒がくしゃくしゃになって、ゴミ箱の底に埋まっていた。
 ノリは未だついたまま四つ折りにされている。
 広げると送り先は父の鉄男からだった。
 ノリを剥がすと、一枚の便せんが出てきた。
 とはいえただのコピー用紙だ。
 ミミズがのたうち回った文字が連なっている。

柊人へ
再婚した。
相手は横山妙子。
その娘、真奈美は高二。お前の姉にあたる。
近々そっちにいくはずだ。
良くしてやってくれ。
以上。

鉄男より


「まじか……」
 手紙を読み終えると、囚人はソファの上で膝を抱えて座る。
 柊人は溜飲を呑み込み、顎を前に突き出した。
「え、本当に、姉さんなの?」
「本当だって……」
 今日からこの人が姉になるの?
 囚人は目を逸らしがちに、震える声音で名乗った。
「横山——じゃなかった。いまは、須郷……真奈美。よろしくお願いします」

 目を限界まで見開いて名前をこたえる。
「柊人ですよろしくおねがいします」
 キマった目でこたえると、真奈美は目を伏せた。

 ボサボサではあるけれど、艶のある黒髪。
 猛虎さながらの金色の瞳はつり上がっている。
 つり上がった両目はとってもクール。
 ふっくらとした唇は見ているだけで、呑み込まれてしまうほど分厚い。
 
 加えてデカい。身長……いや、独り言なのだから言ってしまおう。
 胸がデかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!
 ライオンキングも思わず吠えるほどの大きさだ。

 ABCDEF……。
「G!?」
「じぃ?」
 真奈美は訝し気に首をひねる。
「いえ、なんでもありません」
 女性の全ては、結局胸なのだよ。ワトソンくん。
 存在しない眼鏡を押し上げる。

「おれの姉さんは貴方でしたか」
 柊人が片膝をついて、頭を垂れる。
 
 真奈美は座ったまま三〇センチ後ずさる。
「あぁ……えぇっと……はい」
 願いが叶った。サイコーでしょ。
 年上の女性はみんな綺麗である。
 それを踏まえたうえで言おう。
 好きだ。
 真奈美の姿は——囚人服姿を除けば——紛れもなくお姉ちゃんである。
 間違いない。
 デカい。可愛い。エロい。三位一体。
 姉はこうでなくては。
 
 お胸を、もみたいなぁ~。
 集中! 
 集中集中。
 今ならすんばらしいイラストが描けそうだ。
 創作意欲が爆発している。

「ところで姉さん」
「なに?」
「姉さんはどうしてそんな服なんですか?」
 オレンジのツナギのせいでお御足と御手が隠れてしまっている。
 もったいない。

「いや、これ以外に服ないから」
 いよいよ囚人である。
「そしたら買いに行きましょう」
 真奈美は無表情のまま目を細めた。
「まずは君が服を着た方がいいのでは」
 それはそう。
 干してあった部屋着にいそいそと着替えた。
「真奈美姉さんは、なかなかにクールな人ですね」
「いや……クールとかでは、ないけど」

「おれは冷静な姉さんも大好きです」
「そう」
 真奈美はソファの上で足の指を曲げたり伸ばしたりを繰り返す。
「服買いに行かないんですか?」
「いや、雨だし」
「じゃあおれの服きますか」
「いやぁ……それは」
「いいですから。服選んでくださいよ」
 善は急げである。
 
 柊人が自室へ連れて行こうと、真奈美の手を引っ張ろうとした。
 そのときだ。
 
 本能が、これ以上近づくなと警報を発した。
 真奈美の発する殺気が斥力を放ち、こちらの侵入を妨げる。
 彼女はギリギリと袖を握りしめている。
 まずい、殺られる。
 柊人は反射的に後退さる。

 突如、真奈美は咳をした。
 聞いているだけで痛々しい咳だ。
 肺を傷つけているようで、自身の胸すらぞわぞわする。
 真奈美の顔はどんどん顔を青ざめる。
 乱雑な手つきでガスマスクを口に当てる。
 真奈美は胸を上下させて深呼吸をする。
 そうかと思えば、服の上から身体をさする。
 ほとんど掻きむしっているのに近い。

「ちょっと、ごめん……!」
 病人の顔つきで真奈美はリビングからドタバタと逃げていく。
「待ってよ、姉さん!」
 柊人よりも向こうの方が歩幅は広い。
 追いつけず、真奈美は階段の先に消えていった。
 
 バタンと扉を閉まる。
 柊人が恐る恐る階段を登ると、柊人の仕事部屋の隣——空き部屋にカギをかけて引きこもってしまった。
「姉さん……?」
 しかし返事はない。
 これが家族? これが姉?
 ピシリと心にヒビが入っていく。
 また父親に続いて、姉ですらおれを捨てるのか。
 真奈美は扉の向こうで嘘みたいなことを喋った。
「私、人間アレルギーなんだよ」
「人間アレルギー?」

「人に触られたり、同じ空間にいると、身体が勝手に反応して、寒気が走ったり、さっきみたいに咳がでたり。人と一緒にいるの、怖いんだよ」
「でも……」
「……ごめんね」
 確固たる意志、というより頑固たる意志だ。
 扉よりも分厚い心の壁が、柊人を弾き飛ばす。

 姉はすべてを許容してくれるんじゃないのか。
 柊人は膝から崩れ落ちて、臀部を打つ。
 痛みに気がついたのは、雷が鳴ってからのことだった。
 雷鳴が窓の隙間から忍び込んで、柊人の思考を無理やり揺り動かした。
 あ、仕事しなきゃ。
 明後日投稿するためのイラストと。ノベルゲームのキャラクター制作、しめて三人分。
 納期は……全て三日後だ。
 あぁ、やばい。
 はやくやらなくちゃ。
 フラフラと不安定な足取りで自室へ向かう。
 
 赤いゲーミングチェアに、液タブとデスクトップのパソコン。
 壁は本棚で覆われており、一面におねショタ関連の資料がずらずらと並んでいる。
 
 今回の依頼は、ノースリーブのセーターを着たお姉さんだ。
 お姉さん、えぇっと。
 白紙のレイヤーにアタリをつけていく。
 
 目つきは悪くて、髪はボサボサにして。それでいて人間アレルギーで。
 体育座りなんかをしている。
 出来上がったイラストをみて頭を掻きむしる。
 これじゃあ完全に、真奈美だ。
「ううううううんんんうぬぬぬぬ……」
 書いては消して、消しては書いて。
 何度構図を変えても、息抜きをしても、思い浮かぶのは、真奈美の姿。

 真奈美は……本当に姉さんなのだろうか。
 お姉さんというものはもっと包容力にあふれているはずなのに。
 少なくとも、今まで書いてきたどのお姉さんも、柊人のことは拒まなかった。
 これが現実と妄想のギャップなのか。
 クラクラと渦巻く思考のなかで、白石の言葉が雷鳴する。
『姉を神聖化しすぎだろ』
「違う!」
 机を叩いた拳がヒリヒリと痛い。
 お姉さんは神さまなんだよ。
 本棚から適当な一冊を取り出す。
 パラパラとランダムにページをめくる。
 真夏の海で、麦わら帽子を被ったビキニのお姉さんが腕を広げて、誘っている。
 
 心の隅にうまれた悪魔が囁く。
 こんなこと現実にありえないって。お前の思う「お姉さん」は存在しない。
 柊人はもげんばかりに首を振る。
「お姉さんは確かに存在するはずなんだ!」
 
 お前は今まで夢を見すぎていた。そろそろ現実を見るときじゃないか?
 悪魔が身体を乗っ取って、検索エンジンに「姉 実態」と打ち込む。
情報が網膜から伝わって脳へ集約される。
 口を開けたまま身体が固まった。
 そこに映るのは姉の邪知暴虐のありのままな姿だ。
 猿のようにわめき、弟をできうる限り貶める。彼女らの後ろには何も残らない。
「あっ……あっあっあああっ……」
 内なるお姉さん(精霊)たちが、突然剣山のような牙を剥く。口は耳元まで裂けている。
 濡れていた瞳はぐるんと反転して白目になる。
 リーダー格であるマナミはオレンジ色の身体と黒い漆黒の翼をもって、長い爪で切りかかってくる。
 逃げることもできずに、彼女たちの餌食になるのだった。
 手が震え、ペンを持とうとしても、線を引くことすらままならない。
 そこへDMが届いた。
 画面の右下をクリックすると、本文がポップアップした。
 

 至急対応お願いします。この度ライトノベルの表紙を担当することになりました。つきましては、作品に沿ったキャラクター造形をお願いします。納期は明日まででお願いします。
断って頂いても結構ですが、次回から頼むお仕事はありませんので、ご了承ください。

 
 最後の一文に、刺々しい寒気を覚える。
 柊人は両人差し指でポチポチとキーボードを押していく。
 
 やらせてください。
 
 なにが怖いって、包容力のない姉でも、納期でも、ましてや担任でもない。
 身近な人に捨てられること。
 ポケットに違和感覚え、まさぐる。
 父からの手紙がぐしゃぐしゃに押し込められていた。
 柊人はビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。

 
 翌日、教室へ入ると、白石は目を丸くした。
「おい、顔、真っ青だぞ」
「アレルギーになっちゃって」
 人の苦手を知りがたがる白石は目を輝かせた。
「おっいいね。なんの?」
「おねショタ」
「へぇ……は?」
 白石は固まった。
 窓から覗く快晴に苛立って、舌打ちをした。



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