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おねショタが楽しめない!! 2話


「おねショタをみるだけで、背筋が凍るんだよ」
「饅頭怖いじゃないんだから。ほれ」
 白石はスマホで、『お姉さんと一緒』の画像をみせてきた。
「ひぎいいいぃぃ!」
 身をよじってのけぞる。
 椅子が背もたれから倒れ、背中を打ち付けた。
 唾液が飛沫となって飛ぶのがわかった。
「ごめん、マジだったとは」
 白石が差し出した手を乱雑に掴む。ぐいと引っ張られて起こされた。

「なにがあったんだ?」
 新たに姉ができたことや、新しい仕事を頼まれたこと。
 つらつらとうつらうつらに話した。
「……そんな仕事断れよ。たかむ~に舐められてんだよ」
 いきり立つ白石は耳から煙が出ている。
 小さい薬缶でもおけば一分で沸かしてくれそうだ。
 
 柊人は余裕の笑みを浮かべた。
「でも、姉さんができたから、プラマイゼロでしかない」
 クールで、ツッコミ上手な姉だ。それに身長も胸もでかい。
 胸なんてなんぼあってもいいですからね。
「明らかマイナスだろ。その姉に拒絶されて、絵が書けなくなったんだろ?」
「……なんもいえねえ」
「実録、須郷柊人の苦手は姉だった」
 白石のボケに笑ってやりたかったが、ふっと眠気が襲ってくる。
 アレルギーを治そうと徹夜で資料を読み込んだせいだ。

「進捗はどこまでいったんだ?」
「一割……」
「一割?!」
 もいっていない、とは言えない。
 資料を漁り、何時間も画面に向かい続けた。

 けれど、積み重なるのは無駄な時間だけだった。
 長い溜め息が自分の耳から聞こえてくる。
「納期は明後日だろ。間に合うのか」
「わかんねぇ」
 ふざけてみせるのがせいぜいだ。
「おまえなあ……」
 白石は言葉を探していたけれど、やがて口をつぐんだ。
 沈黙が続くので、無理やり話しの端子をつなげた。
「今朝もトイレに行こうとしたんだよ。したらよ、トイレから出てくる姉さんと出くわして。あの一瞬、おれは死を覚悟したね」
 
 オレンジ色の影は不愉快そうにこちらを一瞥。
 切れ味鋭いバリアを発した。まるで侍の居合のようだ。
 私的領域に一歩でも入れば、滅多切りにされる。そんなオーラがむせかえっている。
 柊人は恐怖のあまり腰を抜かした。
 そして真奈美は首を絞めようと手を伸ばしてきて……。

「いや、それはたぶん……」
 白石が言葉を発したところで、チャイムが鳴り響いた。
 一限の開始を告げる合図だった。
「とにかく今は休んで頭冷やせよ」
「お言葉に甘えるわ」
 それからの授業は眠り続けた。

 時折、教師の尖った視線で、十分な休息は得られなかった。
 完全に目が覚めたのは、給食がとうの昔に終わった放課後だった。
 身体が揺り動かされて、寝ぼけ眼をこする。
 擦るってどうしてこんなに気持ちがいいのだろう。

「授業終わったぞ」
 光ですすがれていく瞳で、時計をみると、時刻は一六時になっていた。
「まじすか」
 今日の授業なにも聞いてなかった。
 二週間後にはテストだっていうのに。
 額からポロポロと汗が零れる。

「ほら」
 白石が六冊の大学ノートを机に置いた。
 開いてみると、達筆な字で今日の授業が網羅されていた。
「明日には返せよ」
「神はあなたでしたか」
 白石はヒラヒラと手を仰ぐ。
 そのとき、教室の扉が開いて、
「白石、部活いこー」
と他クラスの男子が顔を覗かせた。
 制服ではなくすでにサッカーユニフォームである。

 白石が「いまいく」と爽やかな顔で返すことに、わずかに胸を痛める。
 これ以上白石を独占しているわけにはいかない。こうみえて彼はサッカー部のエースなのだから。
「じゃ、おれ帰るわ」
 白石から借りたノートをカバンに入れる。昨日のままだったカバンはパンパンに膨れ上がる。

 スクールバッグの取っ手を肩に掛けると体幹がふらつく。
 おぼつかない足取りで、しまいには頭から扉に激突した。
 義務教育に負ける貧弱な身体を呪う。
 これじゃ義務教育「に」ろせだ。

 白石が駆け寄って手を差し出した。
「もう少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だって」
「なんだってそんなに頑張るんだよ」
「なんでも」

 柊人の言葉に白石は首を傾げた。
 白石にはきっと一生わからない。
 悪戯好きで、人の苦手なものを聞いてくる。それでいてサッカー部のエースで、人望が厚い。寝ていた友人に迷いなくノートを貸せる彼だから、知らないこともあるのだ。

 人に捨てられる。
 お前にはわからない感覚だろ。
 柊人は膝に手をついて立ち上がる。
 夕日から伸びる自身の影が、白石のものよりも大きく刺々しいことに気がついた。

「ノートありがとうな」
「あぁ……」
 扉の先で待っていたサッカー部員と目を合わせずサッシをまたぐ。彼が教室に入ったのを背中で感じた。

 廊下は夕日でオレンジ色に焦げている。上履きの底を押し付けて進んだ。

 ラノベの表紙に、投稿用のイラスト。三人分のキャラクター制作。
 普段なら応援するはずのお姉さん(精霊)たちは、寝そべりながら、駄菓子を貪っている。

 銀髪で褐色のメイドさんはうまい棒。
 金髪エルフさんはキャベツ太朗。
 ニットセーターのニュートラルお姉さんは餅太郎。
 揃いも揃ってスナック菓子ばかり。

 柊人が、
「頑張れって、愛情深く連呼してください!」
 と頭を下げる。

 だが彼女たちは中指の爪で鼻をほじるばかり。
 よくみるとお姉さん(精霊)たちには、小じわとほうれい線が浮き上がっていて、しっかりとしたおばさんになっていた。
 
 艶のあった肌は枯れており、喉元の皴なんか皮が余ってブヨブヨとしている。
「なにジロジロみよるが」
と、しゃがれた声のババアメイド。
「あっ、いえその……」
 視線を逸らすと、エルフは
「もしかして、ワシのことがすきなのか?」
 咳混じりに笑うオワコンエルフに、爛れた皮膚のセーター姉は乗っかった。
「おばさんと……する?」
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 柊人は夢中で走りだした。
 それでもお姉さん(精霊)たちはすぐ後ろを追いかけてくる。
「クソガキめ! 人の顔をみて逃げるとはどういう了見じゃ」

 化け物ババアたちは、柊人を食らおうと血眼で追いかけてくる。
 あいつらに捕まれば、一生立ち直れない。
 老婆にむさぼり尽くされるのは、空に沈む夕日をみるよりも明らかだ。
 見慣れた帰り道を、コーナーで差をつける。

 突き当りの病院を右に曲がる。
 すると背後の悪霊たちもまたきっちり同じコースをたどる。
 それでいて向こうの方が速い。

 どこかに赤いキノコでも落ちていれば非常に助かるのだが。

 大通りの信号は運よく青で、止まることなく突っ切った。
 あとはずっと閑静な商店街が続いている。商店街は直線で曲がり角は皆無。
「捕まえた!」
 薄ら笑いの悪霊が爪先を背中にかける。
 身をよじって、これを躱す。
 そして急停止、からの急発進で素早くUターンする。

「なに?!」
 悪霊もこれは想像していなかったのだろう。
 商店街の入り口まで戻り、大通り沿いを走る。
「遠回りだけど、こっちの方が安全なんだよな!」
 人通りを避けているのか悪霊たちは追ってこない。
 
 回り道をして、我が家の玄関を確認すると、一目散に飛び込んだ。
 普段は使わない鍵すら閉めた。
 ようやく追いついてきた悪霊たちは扉を叩いて、なにやら叫んでいる。
 けれどこちらに侵入してくることはない。
 扉にもたれかかって座る。
 呼吸器系が悲鳴を上げている。

「アレルギーめ……」
 ババアと絡むのは決しておねショタではない。
 お姉さんとは完熟であってはいけない。
 未熟と完熟の間にいるのが美しいのだ。
 お姉さんと絡むのは最高だ。
 しかし年老いたばあさんと絡むのは介護だ。
 性人と呼ばれるクールジャパンの変態紳士も、顎にアッパーをくらわすレベルである。
 これはアレルギーとの戦いである。
 ひとまず、今日のところは勝利した。

 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間に、バタンと勢いよく扉が閉まるのが聞こえた。
 明らかに、二階。
 真奈美だろう。

「姉さん……?」
 声をかけてみるが、返事はない。
 しかし二階でなにやらドタバタとしている。
 なにやってんだ?

「姉さん?」
 軋む階段を上がって、突き当りのすぐ右手で物音はしていた。
 そこは昨日、真奈美が引きこもった空き部屋ではなく、柊人の部屋だった。

 訝しみながらも、ノブに手をかける。
 けれどノブは回らない。
「来ないで!」
「……ここおれの部屋なんすけど」
 扉の向こうで真奈美がはっと息を飲むのが聞こえた。

「それは、そうなんだけど。それでも、いまは私の部屋だから」
「ちがいますがな」
「ちがわない!」
 違うだろ。
 このまま部屋に籠られていると非常にマズイ。

 真奈美にゴーストライターをしていることはバレたくない。
 ゴーストライターをしていると知れば、真面目な彼女は軽蔑するだろう。
 これ以上真奈美に嫌われたくない。
 リズミカルに戸をノックする。

「雪だるまつくらない?」
「つくりません」
「かまくらは?」
「……つくりません」
 真奈美は雪だるまよりかまくら派なのか。
 かぶりを振って、不必要な情報を捨て去る。

「わかった。おれは一階に降りますから。
 その間に自分の部屋に戻ってください。そうすれば、顔を合わせずに部屋を移動できるでしょ」
「私はここにいたいので」
「なんでだよ!」
「なんでも!」

 真奈美を追い出すにはどうしたらいいだろう。
 継続的に負荷をかける肩の重みを思い出した。
「勉強したいんだ。テストが近いから。部屋から出てきてくれないかな?」
「リビングでしてもらうことは可能かな?」
「うぬぬぬ……」
 なかなか強情っぱりだ。

 ふっと息を吐いた。
「姉さんがそういう態度ならこちらにも考えがある」
「私は絶対にここから動かないよ」
「そういってられるのも今のうちさ」
 相手が戦い仕掛けるなら、相応の反撃をしなければならない。

 悲しいけど、これ戦争なのよね。

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