Like a『春色』バトルフィールド ♯9
まっすぐ歩いていく市村の後を二歩遅れてついていった。こちらを一回も見ない後ろ姿からはいつもより何割も増した圧力を感じた。いっそこのまま逃げてしまおうかと思った時、市村が急に振り返った。
「学食でいいよね?」
なんとなく、これから始まる話は穏便に済まないだろうという予感がする。学食は良くない。市村は周りの目なんて気にしないタチだし。「いや、ちょっと構外に出よう」
校門を出て、目の前の歩道橋を渡った。途中、ヘッドホンをしながらスケートボードを抱えてあるく男子生徒の右肩を、早歩きで追いついてきた女子学生が叩いた。二人ともどこか嬉しそうに話していたけど、会話は聞きとれなかった。
「佳乃のことが、嫌いだから?」
歩道橋の階段を降りた時市村が聞いてきた。違うよ、と答えた。市村はそれになにも答えなかった。
駅の近くの喫茶店に入って、禁煙席の一番奥に座った。僕がブレンドコーヒー頼んで市村がカフェラテを頼むと、市村は何か考えながら僕を見るばかりで何も話さなかった。時折視線を外し、息を吐いた。居心地の悪さをごまかすために僕は店内を見回した。喫茶店にいたのは学生ばかりだったけど、その中に一人窓際の席で二十代後半ぐらいの女性がアイスコーヒーを見つめたまま何もしていなかった。そこへ待ち合わせをしていたらしい六十代くらいの男性がやってきた。疲れ切った顔をしている男性を見ると女性は少し難しい顔をした。男性が短く挨拶をして座ると、二人とも黙ってしまった。
カップが二つ運ばれてきた後、市村は一度カフェラテを口元に持っていって、結局飲まずにカチャリと置いた。
「これを佳乃が言うのもアレだけど」
「何?」
「中学の時、佳乃のことすきだったこともあるんでしょ?」
「誰から聞いたの」
「誰だったかな。誰かに聞いた」
そこで改めて市村はゆっくりとカップに口をつけ、喉を鳴らさず一口飲んだ。
「じゃあゲイじゃないじゃん」
「それまでは自分の中でも微妙だったんだよ。クエスチョニングってやつ。知ってる?」
ふーん、と市村はまた少し考えるようにした。そして、そういうこともあるんだ、と言った。
「信じられない」
「信じるとか信じないとかじゃないから」
「いや、ゲイのことは知識としては知ってるよ。けど比呂がそうとは思えない」
確信を持っているようにも、決めつけているだけのようにもとれた。落ち着いて話すために僕は一度コーヒーをすすった。
「まぁ、自分でも気づかなかったぐらいだからね」
市村の視線に押されて視線を落としながらそう言うと、どこか嘘っぽい響きになった。
「いつからなの?」
「高校、卒業する直前かな」
「全然気づかなかった」
「隠してたからね」
「ねぇ、紹介してあげるよ。女の子」
驚いて市村の顔を見ると、いつにも増してキツい表情をしていて、どうやら怒っているらしかった。
「なんで、そうなるんだよ。え、どう言う意味で言ってるの?それ」
「自分がゲイだって、思い始めたの、高校卒業する頃なんでしょ。そんなに時間も経ってないじゃん。まだ、大丈夫なんじゃないの」
大丈夫、という言葉に腹が立った。
「大丈夫って、なんだよ」
「だって、思い込みだったってことも、あるんじゃない?」
「思い込むとかそういうんじゃないんだよ。ゲイセクシャルの人は」どこか他人事のような言い方をしてしまって少し慌てた。「逆ならあるかもしれないよ。ゲイセクシャルなのにゲイセクシャルじゃないって思い込むことは。いや、その逆ももしかしたらあるかもしれないけどさ、そういうんじゃなくて」「比呂にゲイになってほしくない」言い訳っぽく話す僕の言葉を市村は遮った。
「比呂がゲイになったら、すごく嫌」
言い切る市村の言葉に胸がざわつく。
「嫌って、お前、それはダメだよ」
「なんでだめなの。佳乃は友達がゲイだったら気持ち悪いよ」
怒らなければと思った。
「お前さ、ゲイセクシャルの人だってなりたくてゲイセクシャルになったわけじゃないんだよ。ただ生きてるだけでさ、気持ち悪いなんて言うなよ。お前みたいなのがいるからこれまでセクマイの人は悲劇にあってきたんだ」
「どっから持ってきたのその言葉」
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