夏祭り
遠くからむわっとした熱気とともに囃子のか細い音が漂ってきた。祭りが始まったのか。
わたしはゆらゆら揺らしていた脚を地につけ、立ち上がった。下駄を鳴らしながら提灯の群れへと向かう。
向こうからカップルらしき男女のペアが何組か歩いてくる。派手に着物を着ているのもあれば、ラフな格好のものもあった。その中に、わたしのように下駄を履いている女の子がいた。路地で彼氏とともにうずくまって足を機にしているようだ。おそらく靴擦れしてしまったのだろう。そういえば全く靴擦れしなくなったな。右脚を上げて下駄を見た。これを履くのももう最後になる。
交差点を抜けて右に曲がると、一気に喧騒が広がった。そこらじゅうに売店が立ち並んでいる。金魚すくい、射的、焼きそば屋、飴屋…今夜限りの商店街が色とりどりに光っている。そして、カップルの山!大行列!ふん、羨ましくなんかないもんね。
苛立ちを抑えるために射的に挑戦する。ニセ火縄銃を構えて、狙いは屋台の無料券。息を整えて…
ぱんっ。
軽い銃声が響く。無料券はバランスを崩し、地に足をつけた。
「おおっ、お姉さん上手だね。じゃあはい、どうぞ。」
券を受け取り、店主さんにお辞儀をして人の流れに戻った。
さて、今私は最強気分である。この券で1回くらいは会計をチャラにできるだろう。何を買ってやろうか。上から目線で見回しながら吟味していると、一つの幟が目についた。
わたがし。そういえば、前にも買ったことがあるな。私はその店頭へと吸い込まれていった。
「わたがし一つください。」
「はーい…あっ、無料券でのお支払いですね。ありがとうございます。」
店員のお姉さんに券を渡す。彼女はあのわたがし屋特有のぐるぐる回るやつの前に立ち、棒を使って上手く白い綿をまわし取っている。やがてそれは積乱雲のように大きくなり、私の手に渡った。
「ありがとうございます!」
思ったよりデカくてテンションが上がる。ウキウキで店を離れ、流れに雲を乗せる。下駄を履いていることを忘れてスキップまでしてしまいそうだった。
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わたがしを食べつつ階段を上る。私は今河川敷に向かっていた。川で花火大会があるのだ。みんな近くで見たいので、この日だけ川沿いがカラフルになる。この時間だともう座れる場所はないかもしれないな。そんなことを考えながら階段を上りきり、土手に出る。案の定、人でごった返していた。私は土手の上の歩道を歩きながらいい感じに花火が見られそうなポジションを探す。
キョロキョロと辺りを見回していると、見覚えのある顔が視界に入った。
元カレだ。
去年と同じ浴衣を着ている。去年と同じような笑顔を浮かべている。ただ一つ、隣にいる人は違っていた。私じゃなかった。
いつの間にか彼らが来たのと逆方向に走り出していた。
もう、転ぶことは、ない。
走り疲れて手のひらを膝についたとき、独特の、回りながらのぼっていく音がした。
ひゅるるるる…
どーん…
ひゅるるるる…
その光は、今の私には眩しすぎて直視できなかった。
見下ろす川面に映る散った火花は、まるで星座のようだった。
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