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『電子と暮らし』デザインのフィロソフィ(哲学)

 FANBOXで定期的に綴っている手記『電子と暮らし』が去る12月16日に紙の単行本になりました(ナタリー記事)。

「電子なのに紙の本?」

「漫画家なのに活字オンリー?」

「なぜ作者はカバー絵を描かない?」

 と、一見シンプルで無愛想なこの本。具体的な内容に関しては、FANBOXの無料公開分なり単行本なりをお読みいただくとして、ここではこと「装丁デザイン」の側面から、『電子と暮らし』を分析してみようと思います。

 まず前提としてこの本は、とある漫画家が旧来の「紙の出版」に希望を失い、その上で「電子書籍」活路を見出す、という内容です。(※link

 だとすれば、わざわざそれを「旧来の紙の本」で出すのではなく、電子書籍でこそ出すべきなのでは? という当然の疑問があるでしょう。しかし、結果として『電子と暮らし』は、「島島」からの電子書籍ではなく「紙の本」として双子のライオン堂出版部より刊行されました。装丁デザインはオガワデザインさん。解説は飯田一史さん。(※link

 つまり僕は「いち著者」の立場です。これは大手出版社で本を出す場合と全く同じ関係で、僕個人は制作予算を持たず、原稿(本書の場合はテキスト)だけをお渡しして、「印税」と呼ばれる売り上げからのパーセンテージをいただきます。「紙の本にしてみよう!」という発想は、版元の判断で、僕は特にディレクションもしていません(あとがき、校正などの最低限の仕事はしています)。

 というわけで、「著者ではあるけれど発行元ではない」という客観的立場から、紙の本『電子と暮らし』の装丁デザインを読み解いてみます。

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 まず、こちらの画像はamazonの書影です。ピンク地にインク印刷は文字のみ。シンプルです。フォント、レイアウトはプロの仕事ですが、モニター上で一見する限りは全く画面映えせず、もしかしたら安い自主制作本にも見えるかもしれません。実際にこういう電子書籍は無数にあります。電子版『銀河英雄伝説』はまさにこの感じです。ということはこの装丁は、「電子書籍のイージーさ」の再現? しかし!?

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 こちらは実物の本を撮影した写真。よく見ると、特殊な印刷処理「デボス(空押し)」により、実は表紙には絵があることがわかります。「モニター映え」ではなく、読者の皆さんが書店に訪れて初めて出会う「現実映え」をこそ優先している仕掛けと言えましょう。実物を見なければわからない、触れなければわからない仕掛けは、まさしく「紙の本」のアイデンティティを体現しています。※link

 表紙の紙は「フリッター」を使用。触ってみると、柔らかい。「空押し」で表現された絵も、指でなぞると気持ちいい! 電子書籍には有り得ない「触り心地」「フェティッシュ」を優先しており、ゆえにカバーも無いのでしょう。ちなみに『電子と暮らし』では、「カバー裏」「つか」「質感」「帯」「折(おり)」場合によっては「奥付」などを電子書籍には存在しない要素として語っています。(※link)(※link

 『電子と暮らし』の主題はIP(知的財産)、権利、法、その活用です。それは、読者が意識しなくていい領域であり、見えません。「一見、絵が見えず、確かな素材感がある」という装丁は主題から導き出されたものかもしれません。(※link

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 僕はイラストレーターとして、『陽だまりの彼女』などを代表に、作家さんの単行本やCDのカバー絵を手がけることが多くあります。装丁デザインやイラストは、価値を持つ「商品」をより多く売るための付加価値であり、それそのものではありません。本を「タレント・人格」と考えると、化粧や衣装のスタイリングに近いものです。

 そう考えると『電子と暮らし』のデザインは、自著なのに僕自身の価値でもある「付加価値」を捨て去り、一見ゼロにしています。しかし、旧来の「ビジネスのための付加価値」「出版の慣例」を捨てることこそ、『電子と暮らし』の問題定義そのものなので、この決断は間違っていません。でも、それを実行するためには、版元や編集者(この場合は双子のライオン堂出版部とオガワデザイン)の「勇気」や「決意」が必要です。

(ちなみに現在絶版ですが『I Care Because You Do』(2012, 講談社)という作品ではそれを実践したことがありました。もしかしてオガワデザインさんからのオマージュ?)

 『電子と暮らし』のシンプルな装丁は、本文の「先鋭的で極端な思考」への深い理解と、勇気ある実践によって、成り立ったものでしょう。『電子と暮らし』には「こうすれば儲かるよ」「こう考えればサバイブできるよ」というビジネス書にも似た要素もありますし、実践的なインディ電子出版の指南書としても使えます。しかしそういう宣伝文句はこの本のデザインには一切見当たりません。

 結果として『電子と暮らし』の装丁デザインは「電子書籍と紙の本とを往復する思考」が、単行本というリアルな形を得て、問いかけたままの状態で存在している、としか言いようのない場所に着地していますつまり、デザインを経た「紙の本それ自体」が本文をアンプリファー(増幅)し、繰り返される「思考」を促しています。そんな哲学性(フィロソフィ)と「勇気」に満ちた装丁デザインだと客観的に感じています。ありがとうございます。

 さて、この言葉もやはりネット上のものにすぎません。ぜひ書店か、通販で、お手にとってご一読いただければ著者として嬉しいですし、版元さんも喜びます。(※link

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【おまけ1】zoomにてコミュニティラジオ「渋谷のラジオ」さんに出演しております。広報活動です!

【おまけ2】誤字脱字一覧(必ずしも誤字ではない修正案も含む)

P18:×バズる漫画→バズるマンガ

P33:×「天候」のせい→「天候のせい」

P54:×Amazon Unlimited→Kindle Unlimited

P83:×「本を出す」こと→「本を出すこと」

P85:×フェイク画面→フェイク画像

P326:×ボードゲーム『世界の終わりの魔法使い』→ボードゲーム『影の魔法と魔物たち』

【おまけ3】

大森望さんによるレビューがQJWebに掲載されました。ありがとうございます!

姫乃たまさんのラジオにてご紹介。感謝〜!

「週刊読書人」にて山本貴光さんによるレビューが掲載されました。Xin Cam On!!

そして・・・

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2021年『電子と暮らし』Podcast版、爆誕しました!


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