介護芸人のコントな世界【売れてない芸人(金の卵)シリーズ】 マッハスピード豪速球 さかまき。著
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はじめに
「ベルトいらないっすよ」
夜の介護施設。
ベッドの前で着替えを済ませた福本さんという老爺。彼はいま、パジャマ姿にベルトを巻き付ける、という異様な風体で立ち尽くしていた。
「ええーー?」
耳の遠いお爺様は訊き返した。
なんとけったいな姿だろう。
ベルトは実に雑に、ワイルドに、ぐるっと巻きつけてただ縛っただけ、って感じで柔道着の帯みたいになっているし、口もなんか半開きだし、どうしよこれ?
このとき自分はまだ介護を始めたばかり。研修期間中であった。超介護ビギナーの自分は戸惑いつつ、もう一度、ゆっくり大きな声で言った。
「ですからー、そのベルトー、いらないっすよー!」
「あーそうかー」
ようやく理解を示した彼はスルスルとベルトを外した。
――と思うや否や、ぶんっ。
彼は足元のゴミ箱にベルトを投げ捨てた。
ガコンッ
という快音が鳴った。
「………………」
「………………」
老人と芸人は対面でしばし静止した。
静かだった。エアコンの音だけがゴーーと聞こえた。秋の終わりだった。
「……そこまでいらなくはないです」
自分は冷静に言った。
――ご紹介が遅れました。
自分は、マッハスピード豪速球というコンビの笑芸人、さかまき。という者です。
芸歴は15年くらい。コンビ歴は12年。事務所はライジング・アップ。齢39歳。独身。主にコントを主体としてやっている。漫才もやる。YouTubeもやっている。
戦績に「ビートたけし杯初代チャンピオン」というイカす肩書があるが、ご存じのように、別段それで日の目を見たわけでなく、KOCやらM-1では2回戦から準決勝あたりをウロウロしている。そのくせ第7世代が席巻する昨今のライブ界隈じゃベテランじみてきてしまった団塊のお笑い世代。
「売れてない芸人シリーズ」を書かせてもらうには申し分ない経歴といえよう。んで、自分は、
副業として老人介護をしている。
介護を始めたきっかけは、自分が幼少期から生粋のおばあちゃん子で、おばあちゃんの膝の上で育ち、そんな大好きなばあちゃんが亡くなったとき、付き添う介護士さんの献身的な姿に一念発起。ぼくも介護に携わってみたい! って思ったんだ。
っちゅうような美談は一切なく、そもそもおばあちゃんと一緒に住んでなく、もともと介護の「か」の字も興味なく、じゃなんで始めたんじゃカス、と訊かれたら、
都合のいい夜勤探してたから
という糞アンサーしかない。
あと“家近かったから”とか。“空いてる時間にパソコン触れるから”とか。ぜんぶ履歴書に書いたらアカン系の志望動機である。
さて。そんな自分が10年も介護とかかわる事になってしまい、なんなら、最初に働いていた介護施設が閉鎖した時、迷うこともなく、新たな介護施設を探してしまうほど、なんか知らんが筋金入りの介護野郎になってしまった。
ついこの間などコロナ禍の勢いで介護職員実務者研修を修了。昔でいうホームヘルパー1級を取得し、もう一歩で国家資格の介護福祉士になってしまう。
――坂巻さんが介護を続ける理由は何でしょう?
とインタビューでも訊かれたことがあるのだが、どう答えたものか、なかなか困る。
仕事は、まず第一に『生活』のためにやるわけで、自分も例外ではない。それを差し引いて恐らく、介護の魅力というのは何でございましょうね? とインタビュアーの人は訊いているのだと思うけど、この答えは、けっきょく先のベルト廃棄事件にあるのである。
この出来事は自分にとっちゃ、
老人介護 × お笑い
の原体験なのだった。
介護施設ではこのような出来事が日常茶飯事で起こる。
そこはもう異世界である。ファンタジーである。
自分は常日頃、あまたのご老人方の予測不能な言動行動に振り回され、一喜一憂し、その姿はさながら不思議の国のアリスならぬ、
「不思議の介護施設のサカマキ」
って感じになっている。そんなものをつらつら書かせて頂いた次第。
“老人介護×お笑い”は世間的にタブーなのかもしれないが、もう書いちゃったし。不謹慎だぞテメエと社会に叩かれるか? 介護の魅力を伝えるものとしてちったあ社会貢献となるか?
そこは皆様にお任せしましょう。
すべての御尊老へ愛をもって『介護芸人のコントな世界』です。どうぞ。
マッハスピード豪速球 さかまき。
※登場人物の利用者様のご氏名は全員、仮名にさせて頂いております。
① 動物が見えるキヨさん
介護施設で夜勤を始めて、もう10年以上になる。
夜に出勤すると5~10人くらいのお年寄りが眠っている。
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