ネコニスズ ヤマゲンの「コショコショ話」 2023年2月号 / どこにも話してないココだけの話<芸人>シリーズ
「コショコショ話」とは――
「どこにも話してないココだけの話」をコンセプトにしたインタビューシリーズ。インタビューを受けることで取材対象者が「印税」を受け取れる仕組みへの挑戦。
「フリースタイルティーチャー」の画面には映らない舞台裏
資料を自作して「フリースタイルティーチャー」に売り込んだ
――ヤマゲンさんはAbemaTVで放映中の「フリースタイルティーチャー」に何度も出演されて、優勝もされていますよね。最初に出演するきっかけは何だったんですか?
じつは、最初はウエストランドの井口くんに話が来たんですよ。
僕は今回の14th season含めて3回出さしてもらってるんですけど、最初に出場した昨年2022年の「芸人ラッパーニューカマートーナメント」は井口くんに話が来ていて。
ただ、井口くんはその頃もう忙しすぎて、マネージャーともう出られないかもしれないという話をしていたのを横で聞いていたんですね。その後、自分も出てみてわかったんですけど、あの番組ってラップの練習をがっつりするから大変で。
それを聞いて、すぐに自分で資料をつくって、マネージャーさんに「ラップできる奴がタイタンにもう1人いますってゴリ押ししてもらえませんか」ってお願いしたんです。
「その代わり絶対優勝してくるから、マジでお願いします」って。それで押してもらったら入れていただけたんです。
――どんな資料をつくられたのか興味があります。
僕は前からヒップホップが好きでライブやイベントに遊びに行ったりしていたんですね。
大阪のときからクラブに行ったりもしていて、10年ぐらい前に東京に来たら渋谷とかすぐ近くで行きたかったイベントをめっちゃやってるんで、それで本格的に行くようになったんすよ。
それで番組に出る前から「フリースタイルティーチャー」にも出ている崇勲さんやNAIKA MCさんらと仲良くさせてもらっていたりして。そういうことも資料に書きましたね。
あと、本家の「フリースタイルダンジョン」がはじまった2015年頃に世の中がラップバトルブームになって、芸人もラップバトルにハマったやつがむっちゃ多かったんすね。
で、その芸人たちとネタありバトルありのお笑いライブ「フリースタイル談笑」をやったことがあって、そこで自分がラップしている映像もYouTubeに残っていたので、それもまとめて送ったもらった感じですね。
こんな風にできるぞと。
――もともとヒップホップが好きだったんですね。
ヒップホップにハマったのは中2、3ぐらいですね。
凄い多感な年頃で海外の曲ってかっこいいなと思ってMTVをよく見ていて。それでGreen DayとかUS、UKロックばかり聴いてたところに、チャートに突然、白人ラッパーのMVが流れてきて、衝撃を受けたんです。
それがエミネムの「The Real Slim Shady」という曲。
「やば!」ってなって。当時はとにかく早口やなと思って。MVもふざけた感じだけど、これは絶対にかっこいいという感覚があって、ビビッと来て、すぐCDを買いに行って、「The Marshall Mathers LP」というアルバムを買いまして。
CDの裏って、曲のタイトルが書いてあるじゃないですか。
2曲目か3曲目に「Kill You」って曲があったんすよ。中学生が理解できるぐらいのギリギリの悪い言葉でキルユーって。そういうのも衝撃受けて、それから聴きこんで、もうどっぷりハマっていた感じですね。
「あ、これはヒップホップいうんや」って知って、それからいろいろ聴くようになった感じです。
――ヤマゲンさんにご執筆いただいた著書「吸って大阪、吐いて東京」では、学生時代の話でそんなにヒップホップの話は出てこなかったですよね。
ネコニスズ ヤマゲン 著
「吸って大阪、 吐いて東京」 売れてない芸人(金の卵)シリーズ
全然、書いてなかったですね。
FUJIWARAさんの「吉本超合金」を見て、ああいうロケやる芸人になりたいと思っていたんですけど、趣味ではヒップホップにもハマっていました。
高校生の頃、地元にヒップホップ好きの仲良い男の子がいたんですよ。僕は高校ダブってるんで、地元のサッカー部の後輩やけど、高校では同学年っていう。
その子とバイト代出し合ってターンテーブルを買って、週末は大阪・難波のアメリカ村のマンハッタンレコーズというレコードショップに行って、千円のレコード1枚だけ買って帰るみたいな。
それでミックステープをつくるんですよ。
テープ言うてもMDなんですけど、自分たちで曲を繋げて。50セントっていうアーティストがいたんですけど、「50(フィフティ)だけでミックスを作ってみよう」とかなんかやってましたね。めっちゃ楽しかったっす。
その子と登下校も一緒にしてたんで、そのMDをお互い交換して聴き合うみたいな。ほんまに趣味っすね、在宅DJみたいな。
――かなり本格的にハマった趣味ですね。
いや、でも、かっこつけもめっちゃありましたね。モテたくて、それをやってるっていう。
ヒップホップの友達ってだいたいティンバーランドのブーツ履くんすけど、僕はリュックで(笑)、オーディオテクニカのヘッドホンのコードを垂らして、首にかけて。それで学生服みたいな。ガンガン自分のミックス流して、イタいっちゃイタいんすけど、めっちゃかっこつけてました。
その頃ぐらいからみんなで輪になってラップするサイファーってやつも真似事でやっていて。僕はああいうことをやるのに対しての抵抗がなかったっすね。恥ずいとかないし、かっこいいと思ってるし。
でも、高校卒業して本格的にお笑いを目指すってなったときに「こんなチャラチャラした趣味をもってる奴で誰が笑うんだ」みたいな気になってたんすよ。
で、レコードを買うのを一切やめて、ほんまにお笑いだけを頑張らないと絶対に売れないなってやって。
今思えばもう勝手な思考なんすけど、マジであのまま続けてやっとったらよかったなと思いますね。続けてたらもっと早く「フリースタイルティーチャー」みたいな仕事に繋がっていたかもっていう気がします。
「エグイぐらいスキルのある趣味だったら笑える」って当時はわかってなかったんすよ。それをイジられるんが面白いとかも気づいてなくて、自己発信だけやと思ってたんで。
――そう感じていたのは時代的なところも大きいですか?
うーん…、時代的なもんもあると思うんすけど、とにかく何よりお笑いだけでって思い込んでたんですよね。
今は「お笑いだけで」ってめっちゃめっちゃむずいじゃないですか。
言ったらチャンス少ないというか。M-1はわかりやすいですけど他のもあってええなって思うんで。だから今はわざわざ趣味つくる芸人もいると思うんすよね。誰もやってないこととか。
さらば青春の光の森田で言うとモルックとか。そうやって誰もやってないところやると、やっぱお笑いになっていくんで。なんでもかんでもやったほうがお笑いになりやすい可能性もあるかなって、ようやくこう思えるようになってきましたね。
――一度は抜けたヒップホップの世界にその後、再びハマっていくわけですよね。それは何があったんですか?
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