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【ファッションテック×サステナビリティ】「持続可能なテキスタイル」が、業界を変える

こんにちは!Dawn's note運営部です。

今回はファッションテックスタートアップ、AMPHICOへの出資に至るまでのDawn Capitalキャピタリストの投資思考を追いながら、「ファッションテックの勝ち筋はどこにあるのか?」というテーマを「サステナビリティ」という観点から掘り下げます。

・ファッション業界において、昨今トレンドとなっている「サステナビリティ」の背景とは?
・特に注目すべきファッション領域とは?
・どのようなペインがグローバルで存在しているのか?その解決法は?

といった疑問について、根本的に学べる内容となっております!

【読了時間目安:5分】



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Dawn Capitalは2023年5月、材料科学研究者でありバイオミミクリーデザイナーの亀井氏が創業したロンドン拠点のスタートアップ、AMPHICOに出資いたしました。

引用:PRTIMES

バイオミミクリーとは「Bio」=「生物」、「Mimicry」=「模倣」を掛け合わせた造語で、生物や植物など自然界からヒントを得て技術開発や商品開発をすることを指します。
亀井氏はこの「生物模倣」=バイオミミクリーの研究者として、長年撥水、撥油などの素材開発をしながら、プロダクトデザインの道を見据えてきました。

AMPHICOは、亀井氏の母校であるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立芸術大学院大学)からスピンアウトしたスタートアップです。AMPHICOの創業背景として、材料科学というミクロな起点から、環境問題というマクロな問題の解決に向けた先端素材研究開発を行いたいという想いがあります。

同社は、

・100%再生可能
・自然環境への有害物質を一切含まない
・上記二つの条件を満たした上で、従来の透湿防水性テキスタイルと一切変わらない機能性を保持する

※透湿防水性テキスタイル:外側からの水は通さないが、内側からの汗は逃がすというアウトドアユースに適した特殊素材

という全く新しいテキスタイル「AMPHITEX」を開発しており、大量生産・商用化を目指しています。

それでは、この素材が注目を浴びる理由とは何なのでしょうか?

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「サステナビリティ」は持続的なムーブメントに

引用:Unsplash

statistaによると、ファッション領域の基本市場情報は以下の通りです。

・2023年の収益: 7,687 億米ドル
・2023年-2027年の年間成長率(CAGR):9.5 %
・2023年の市場規模:2,655 億米ドル
・2027年の市場規模予測:1 兆1,030 億米ドル

statistaのファッション市場レポート

ファッションは生活に密着した要素ということもあり、近年の世界の人口増加に伴って着実に市場は成長しています。
この成長市場において特に注目すべきトレンドは、ファッション業界におけるサステナビリティ文脈です。
特に欧州のファッション産業では、サステナビリティが一時的な流行ではなく持続的なムーブメントとして定着し、服飾の購入の際の消費者意識に深く浸透しています。
そのため、「サステナビリティに取り組んでいるか?」という姿勢はファッション企業の社会貢献性を図る一つの指標になっており、サステナビリティに取り組まなければ企業価値評価で不利な立場に立たされるといった状況も形成されています。

問いただされる、ファッション業界のあり方

以下は、JETROの報告書「フランスを中心とする欧州アパレルブランドのサステナビリティ動向調査」を参考にしてまとめた、先進諸国のサステナビリティ流行の背景です。

2019年8月にフランスで開催されたG7 サミットにて、 世界3大ラグジュアリー・コングロマリット、ケリンググループの会長がファッション協定を発表しました。これによって地球温暖化の防止、生物多様性の回復、海洋保護の 3 つの分野での協力体制が構築され、ファッション業界における環境保護の文化が本格的に醸成され始めました。
当協定はシャネル、バーバリー、H&Mなど欧州の有名企業を中心にファッション業界の約3分の1が加盟し、日本企業としてはアシックスが初めて参加を表明しました。

翌月、ロンドンファッションウィーク期間中に環境問題に取り組む市民団体が大規模なデモを行い、ファッション業界が地球環境に与える影響に抗議しました。「葬儀」を演出し、ファストファッションを糾弾した彼らの過激な訴えはメディアでも大きく取り上げられ、大量生産・大量消費・大量廃棄というファッション業界のビジネスモデルに疑念を抱く人が急増するきっかけとなりました。

引用:The Guardian

さらに大きな影響を与えたのが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大の影響です。
ロックダウンを経験した人々は消費行動が大きく制限された中で、消費の何が本質的な価値を持つのかを再考するようになりました。
結果として、トレンドに煽られ短いサイクルで廉価な商品を大量に購入するファストファッション型の消費行動から、「買う量を減らし、長く使う」というサステナブルな消費行動への移行が行われています。

このような背景を受け、2020年2月、ファッション大国・フランスでは資源の循環と廃棄物の削減を目指した循環経済に関する法律が施行されました。これにより世界で初めてアパレルの売れ残り商品の廃棄が禁止され、再利用やリサイクル、又は寄付することが法的に義務付けられたほか、生産者は過剰生産や不適切な在庫処理の改善を求められています。 

さらに、消費者への情報提供も「生産者の責任」として同法律に盛り込まれています。これにより2022年1月から生産者は、リサイクル素材の使用、有害物質の含有、再生可能資源の利用、リサイクルや堆肥化の可能性といった商品の品質や環境特性に関する情報を消費者に明示することが義務付けられました。

世界最高峰の展示会が放つ「サステナビリティ」のメッセージ

引用:Unsplash

ファッション業界のトレンドを決める重要なファクターは、糸や生地の「展示会」です。
近年では上記のような潮流を組んで、サステナビリティを前面に押し出した展示会が登場・増加しています。
その中でも最も注目度が高いのが世界の3大ファッション素材見本市と言われているパリの「プルミエール・ヴィジョン」、ミラノの「ミラノ・ウニカ」、上海の「インターテキスタイル上海 アパレルファブリックス」です。

これらの展示会では近年サステナビリティがテーマとして大きく取り上げられており、業界の中でも群を抜いて環境保護にコミットする商品をピックする「スマート・クリエーション」エリアが設置されるなど、環境保護・サステナが今後ファッション業界全体が取り組むべき課題だというメッセージが大々的に打ち出されています。

この流れを受け、世界最大級のサステナブルファッション展示会、「NEONYT」やサステナビリティに特化した欧州の代表的プレタポルテの展示会「IMPACT」が新たに開催されています。
 以上のように、「サステナビリティ」はファッション業界にとって非常に中心的なワードになってきています。

引用:Unsplash

しかしながら、「サステナビリティ」が流行語のように扱われ、ブランドがマーケティング戦略に表面的にのみサステナ文脈を使用する「グリーンウォッシュ」がかねてより重要な課題として指摘されています。

グリーンウォッシュとは、環境への配慮・エコなイメージを思わせる「グリーン」と、ごまかしや上辺だけという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語です。実態はそうではないにも関わらず環境に配慮しているように見せかけて、環境意識の高い消費者に誤解を与えるような宣伝を主に指します。
European Commisionによると、2020年の調査で世界のさまざまな企業サイトに対して横断的にスクリーニングを行ったところ、企業サイトの42% において「自社は積極的に環境保護に取り組んでいる」との主張が誇張・虚偽であったことが発表されています。

グリーンウォッシュが未だ蔓延し、米国や欧州がその規制に法的に乗り出している今、いかに公正かつ科学的な根拠を持ってサステナビリティに取り組んでいるか?というのが今後のファッション企業を測る物差しになっていると言えるでしょう。


「繊維の循環経済」と「アウトドア」

引用:Unsplash

展示会の動向から分かるように、ファッション業界のトレンドを決める主要軸はバリューチェーンの最上流である「糸」、さらに言えば「テキスタイル」です。

GRAND VIEW RESEARCHによると世界の繊維市場規模は、

・2022年:1 兆 6,951 億 3,000 万米ドル
・2023年-2030年の年平均成長率 (CAGR):7.6 % 

GRAND VIEW RESEARCHの繊維市場レポート

と予測され、需要が右肩上がりの市場であることが伺えます。

一口に繊維市場といってもその種類は様々ですが、成長市場の一つに挙げられるのはアウトドア市場です。

2019年より世界的なパンデミックが起こった中、「密」になりやすいコンサートなどが敬遠される一方、特需が降ってわいたのがキャンプに代表されるアウトドア業界でした。
この「アウトドア特需」はコロナ禍の収束により徐々に落ち着きを見せたものの、急増したアウトドアファンの存在により市場は堅調に成長を続けています。
Global Informationによるとアウトドアアパレル市場は、2022年から2027年の間に55億9,770万米ドル、CAGRは5.58%で成長すると予測されます。

「永遠の化学物質」からの解放

ここにおいて特に一定の需要を見せているのが、アウトドアに必須の透湿防水性テキスタイルです。

引用:Unsplash

世界の透湿防水性テキスタイルの市場規模は、

・2021年:約 10 億 3,990 万米ドル
・2022年~2028年の年平均成長率 (CAGR):約6.22 %

GRAND VIEW RESEARCHの繊維市場規模、シェアおよび動向分析レポート

と予測され、堅調な成長が期待されます。

持続可能な商品の需要が高まるなか、上記のグリーンウォッシュ問題もあり、作り手の素材や製造プロセスの透明性も注目されています。

この流れは米国・欧州で顕著で、近年、透湿防水性テキスタイルに必須のPFAS化合物の規制が本格的に進行していることが注目されます。

PFAS化合物:
人工的に開発された有機フッ素化合物の総称。水や油をはじく、熱に強いなどの特徴があり幅広い製品に使用されている。自然界ではほぼ分解されず、環境や人体への影響が懸念されている

参考;https://www.nikkei.com/theme/?dw=23020106

PFASはその環境残留性や生態蓄積性から「永遠の化学物質」(Forever Chemicals)と呼称され、長らくその有害性が指摘されていました。

2025年にはPFASを使用したアパレル用品はカリフォルニア州で販売することができなくなるほか、EU、英国はPFASに関するREACH規制(=指定された化学物質を登録、開示しなければならない仕組み。 REACH規則によって、環境に負荷のある物質を全て報告させ、EU内への流入をコントロールする意図がある)の拡大を急速に進めています。

さらに、今年7月、欧州委員会は生産者に繊維製品のライフサイクル全体に対する責任を負わせEU全体で繊維廃棄物の持続可能な管理を支援するためのERP制度を提案しています。
当制度では「繊維の循環経済」というテーマのもと、繊維廃棄物の削減、再利用、リサイクルについて各企業が責任を負うことが義務付けられる予定です。
繊維の持続可能性に特化した制度の制定は、リサイクル可能なテキスタイルのニーズをさらに急速に拡大させることが予想されています。

これまでアウトドアウェアを中心に使用されてきた透湿防水テキスタイルは、撥水・撥油・防汚に優れているとしてPFAS化合物を多用していました。しかし、人体・環境の双方に有害だということで、「脱炭素」ならぬ「脱フッ素」、そして「持続可能性」が業界のキーワードとなってきているのです。

このムーブメントの一部として、「ゴアテックス」で知られるGORE社も毒性フッ素化合物を2023年までに廃絶すると発表するなど、世界の数々の大手アパレルブランドがフッ素化合物削減に取り組んでいます。


テキスタイル開発に風穴を。AMPHICOの登場

引用:AMPHICO PRTIMES

PFAS素材の規制・サステナビリティ文脈が国際的に進み、市場がこれに対応する新素材を求める中、世界規模の透湿防水性テキスタイル開発に風穴を開けたのがAMPHICOです。

AMPHICOは、100%再生可能・有害物質を一切含まない新素材透湿防水性テキスタイル、「AMPHITEX」を開発しており、昨今のアウトドアウェアの環境汚染、PFAS化合物規制の流れに即するスタートアップです。

このスタートアップは前述の通り材料科学研究者・バイオミミクリーデザイナーの亀井氏が創業したものです。
生物や植物など自然界からヒントを得て技術開発を行ってきた亀井氏の知見は、人工物と自然との融和を図り、エコフレンドリーなプロダクトを作る過程において非常に実効的でした。
AMPHICOによると新素材・AMPHITEXの開発は、水を弾く蓮の葉の構造からインスピレーションを受けています。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート出身の亀井氏は、もとは「人工エラ」の開発を行っていました。

引用:ProtoPedia

この人工エラは、水を通さずにガスを通す膜という通常では使わない新素材を使っており、水中で呼吸できる昆虫やトカゲのメカニズムを模倣して研究開発した技術です。
このバイオミミクリー素材は従来のアウトドアウェアの素材よりも格段にサステナブルなものであり、ここから「AMPHITEX」の開発が派生していきました。

従来の透湿防水性テキスタイルは、「撥水機能を持つ1層目と透湿防水性を持つ2層目が違う原料で作られており、それを貼り合わせている」ことが原因で、リサイクルが難しい構造になっていました。しかしAMPHITEXはそのすべてが同じ素材からできている3層の素材からなるため、撥水する表面も含めて、100%リサイクル可能という特性を持ちます。

引用:https://awrd.com/creatives/detail/11773723

このように、従来の機能性を損なわないままにPFAS化合物も使用していないため、AMPHITEXは現在のサステナビリティ文脈のテキスタイル市場に最適解をもたらす存在であると言えます。

現在市場を席巻している防水透湿素材は「ゴアテックス」ですが、高度なフッ素加工がなされているために高価格であることもネックでした。
しかし、AMPHITEXはゴアテックスと類似したメカニズムで防水透湿を実現させ、リサイクル可能・フッ素不使用・低価格での生産可能という消費者・生産者双方のニーズを満たしています。
現在、透湿防水テキスタイルの開発市場において、このような稀有な素材を開発可能なのはAMPHICO社のみです。

AMPHITEXの研究開発はロンドンを拠点に進行しており、商用化に向けた大量生産の準備はヨーロッパと日本の両方で展開中です。
今後の展望としては、2024年に複数のグローバルブランドとのコラボレーションに向けて、本格的に増産を加速させます。
さらに2025年以降は、米国カリフォルニア州やEUで導入されると考えられるPFAS化合物規制の潮流を捉え、アウトドアアパレル市場にAMPHITEXを使用した製品の本格展開させていくことを目指します。

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いかがでしたでしょうか。
私たちDawn Capitalは、AMPHICOの更なる開発に期待し、今後も全力で応援し続けていきます!

今回の出資に関わったSenior Associate・柳沢佳典のコメント:
サステナビリティは不可逆的かつ大きな流れとして、広く普及し始めていることを深く実感しております。
独自の研究開発から生み出された技術を武器に、次の時代のスタンダードを作っていくAMPHICOに是非ご注目ください!
いちキャピタリストとして、今後の展開に心からワクワクしています!


文・リサーチ/ 八並映里香
クリエイティブ/ 池田龍之介

なお、今回の記事執筆にあたってリサーチをRouteX様に協力していただきました!
RouteX様は、「情報の非対称性が無い世界へ」をミッションにスタートアップに関連する世界中の情報を集約・理解し、リサーチ/コンサルティング事業を行うシンクタンクです。
RouteX様は、主にフランスを拠点に「スタートアップ・エコシステム」という概念に基づいた知見の集積を行っています!
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