現地視察で見えてきた韓国のスタートアップ支援の実態と注目の赤ちゃんユニコーン
こんにちは!Dawn Capitalインターンの脇谷です。
本記事では現地視察を踏まえた韓国のスタートアップ事情について、要点を追って解説していきます。
本稿は、
・韓国政府のスタートアップ支援
・民間で広がるスタートアップ支援
・注目のスタートアップ支援団体
・中小ベンチャー企業部認定の「赤ちゃんユニコーン」
という構成で、マクロ・ミクロの両視点から解説していきます。
【読了時間目安:5分】
本稿は単体でも読めますが、こちらの記事と併せて読むとより理解が深まります!
韓国政府のスタートアップ支援
文在寅前政権下のスタートアップ支援
韓国の前大統領、文在寅氏(2017年5月10日 - 2022年5月9日)は、韓国経済が低成長と所得の二極化で危機的状況にあるとして、「所得」と「雇用」を増加させる経済政策を掲げました。
前述した「雇用・所得の増加」や「公平な競争環境の構築」そして「半導体産業に次ぐ次世代の成長産業構築」などの課題が山積するなか、それらの課題を一挙に解決するのがスタートアップでした。
文在寅前大統領は、就任直後の2017年にスタートアップ支援に関する5つの方針を発表しています。
スタートアップ支援金の準備
起業ハードルを引き下げる制度構築
起業リスクを取りやすくする制度構築
大企業のスタートアップ支援の促進
IPOやM&Aをしやすくする環境整備
また同年、スタートアップ支援関連の政策を担う「中小ベンチャー企業部(Ministry of SMEs and Startups)」を、従来の中小企業庁から格上げする形で発足させました(韓国行政組織における「部」は日本でいう「省」に値します)。
中小ベンチャー企業部の誕生は、従来の「既存大企業中心の産業政策」から「スタートアップをはじめとした中小企業中心の産業政策」への移行を示す、大きな意思表示となりました。
さらに、2019年4月には「第2ベンチャーブーム拡散戦略」を発表します。
新規スタートアップ投資の規模拡大(年間5兆ウォン)
スタートアップのM&Aの活性化
2022年までにユニコーンを20社創出
以上の目標を打ち出すとともに、目標を達成するために過去最大規模の創業関連支援を行いました。
支援内容についてはJETRO(日本貿易振興機構)のレポートが非常に参考になります。
中小ベンチャー企業部の予算拡大
韓国政府のスタートアップ支援が加速してることを、定量的観点からも見ていきたいと思います。
上記のグラフは中小ベンチャー企業部の予算の推移と、歳出全体に対する中小ベンチャー企業部の予算の割合です。
文在寅政権時の2018年から2022年で予算は約2倍に、全体の歳出に占める割合もおおよそ2%から3%へと上昇しています。
一方、2023年度の中小ベンチャー企業部の予算は「前年比で28%減」と大幅に縮小しており、足元で中小企及びスタートアップに対する政府の予算は減少しています。
しかし、中小ベンチャー企業部の予算の減少は政府がスタートアップへの支援に対して積極的でなくなったことを意味するわけではありません。
昨年末の企画財務部業務報告会の中で、尹大統領は「スタートアップ100社のうちの1社がユニコーン企業になっても大きな雇用創出と経済成長を牽引できる」「雇用ほど重要な福祉はない」と述べ、引き続きスタートアップ支援に力を入れていくことを示しています。
韓国の雇用問題の解決策としてのスタートアップ
前述の通り、韓国がスタートアップ支援に取り組む目的として「雇用の創出」があります。韓国の雇用問題について簡単に触れていきたいと思います。
雇用情勢を示す指標として失業率(失業者数/労働者数)があります。
以下のグラフは、OECD加盟各国の失業率のグラフです。
韓国の直近の失業率は3.3%とOECD38加盟国中7番目に低く、さして問題ではないように思えます。しかしながら、なぜ前政権・現政権ともに「雇用の創出」に注力するのでしょうか?
そこには「失業率」の裏に隠れた韓国独自の雇用問題が存在します。
JETROのレポートによると、韓国の雇用問題には以下の論点が存在します。
⑴非労働力人口(就業も求職活動もしていない人)の多さ
⑵若年層の失業率の高さ
⑶収入が少ない自営業者と非正規雇用の多さ
さらに若年層の雇用に関して「財閥をはじめとする大企業や公的機関」と「それ以外の企業」の待遇の格差が顕著にあり、枠の少ない前者に学生が殺到するため、労働力需給のミスマッチが起こっていると説明しています。
以下は従業員が300人以上の企業と300未満の企業の大卒平均初任給の比較です。
従業員が300人以上の企業の大卒初任給が約534万円なのに対して、300人未満の企業は約313万円となっており、大きな差があることがわかります。
通常この差は勤務年数は長くなるとますます拡大していきます。
以上のことから「待遇が良い雇用の数を増加させること」が韓国の雇用問題解決の重要成功要因といえます。
スタートアップは雇用を生み出す、雇用の流動性を作り出すエンジンの役割を期待されているのです。
韓国の就活事情については以下の記事が参考になります。
民間で広がるスタートアップ支援
大企業によるスタートアップへの投資
政府だけではなく民間でもスタートアップ支援が活発になっています。
以下は直近(2023/1/26)過去3年間の国内のスタートアップ投資件数の投資家、上位15社のランキングです。
15社中3社のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)がランクインしています。
「Lotte Ventures」は言わずと知れたロッテグループのベンチャーキャピタルです。投資フェーズはPre SeriesA~Series Bのスタートアップで、投資領域としてはロッテグループの主要ビジネス分野である「食品」「流通」「化学/建設/製造」「観光/サービス/金融」といった領域のほか、AIやブロックチェーンなどの分野にも注力しています。
「Kakao Ventures」は韓国のIT大手Kakaoのベンチャーキャピタルです。投資フェーズはSeedやPre SeriesAが主で、投資領域として、ITやソフトウェア領域を中心に投資を行なっています。
「Hana Ventures」は韓国の大手金融グループであるHana Financial Groupのベンチャーキャピタルです。投資フェーズはアーリー、ミドル、レイターと幅広く行なっており、投資領域は「インターネット・モバイル・フィンテック」「バイオテクノロジー・ヘルスケア」「ゲーム・コンテンツ」「ソフトウェア・インフラストラクチャ」「ハードウェア・産業用設備」「スマートモビリティ・航空宇宙」など領域を狭めず、幅広く投資しています。
韓国も日本と同様に「大企業がVCにLP出資する」もしくは「大企業がスタートアップに直接投資する」にとどまらず、「CVCを設立して投資する」ケースが増加しています。
スタートアップ支援団体
投資という方法だけではなく、スタートアップ支援団体の協賛という形でも大企業の支援の輪が広がっています。
実際にDawn Capitalメンバーが訪問させていただいた2つのスタートアップ支援団体をご紹介いたします。
d・camp
「d・camp」は「The Banks Foundation for Young Entrepreneurs」が運営する韓国初の多目的スタートアップハブです。
19の韓国の主要金融機関が、韓国国内の最大のスタートアップ向け非営利財団の設立に向けて7億4,400万ドルもの巨額の資金を寄付により誕生しました。
d・campはスタートアップに対して以下3つのサポートを行なっています。
(1)空間の提供
d・campは、スタートアップに空間を提供します。現在ソウルでの「Seolleung Center」「Mapo Center」という2つのスタートアップセンターを運営しています。
スタートアップセンターにはワークスペース、会議室、休憩エリア、イベントホール、オープンラウンジなど様々な設備が備わっています。
FRONT1 (Mapo Center)では20階建ての巨大なビルの大部分がスタートアップのためにフル活用されており、その規模は圧巻でした。
(2)専門的な支援プログラム
スタートアップの経営に必要なあらゆる知識をインプットするための勉強会や個別のメンタリング、グローバル展開の包括的サポート、スタートアップのデビューとなるDemo Dayの開催など、サポート体制が充実しています。
様々な課題を抱えるアーリーステージのスタートアップにとってまさに「夢のような場所」となっています!
(3)VCへの直接投資とファンドを通じた間接投資
d・campではシードフェーズのスタートアップに対して、最大26万5,000ドルの投資を行います。前述したDemo Dayで良い成績を収めファイナリストになると、d・campの投資チームによるレビューを受けることができるそうです。
また同時に、ファンドオブファンズも複数組成しており、韓国国内において、スタートアップがシードからレイターステージまで安定して資金調達できるような流れを作り出しています。
Startup Alliance
Startup Allianceは、韓国のイノベーション政策を担う科学技術情報通信部(Ministry of Science and ICT)やIT大手NAVERなどの企業などが官・民協力して誕生したスタートアップ支援団体です。
韓国のスタートアップ全体を俯瞰できるスタートアップマップや、トレンドレポートなど、韓国のスタートアップを理解する上で非常に有益な情報を発信しています。
また、スタートアップに関連するイベントを頻繁に開催しており、国内のスタートアップエコシステムの活性化に寄与しています。
直近では、昨年10月17日に渋谷にて、Plug and Play Japanと共催で、ピッチ及びネットワーキングイベント開催しています。
今後も定期的に開催されることが予想されます!気になる方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか?
中小ベンチャー企業部認定の「赤ちゃんユニコーン」
中小ベンチャー企業部は「Kユニコーンプロジェクト」の中の政策の一つとして「赤ちゃんユニコーン200育成事業」というスタートアップ支援施策を行なっています。
「赤ちゃんユニコーン200育成事業」は、革新的な事業モデルを有し、今後の成長性が見込まれる有望なアーリーステージのスタートアップを発掘し、支援する事業です。
支援対象になるのは累計資金調達額が20億ウォン以上100億ウォン未満(2億円以上10億円未満)かつ、7年以内に創業した会社です。
認定を受けると、最大3億ウォンの市場開拓資金や最大50億ウォンの「特別保証などの金銭的支援だけではなく、海外進出支援プログラムや投資家とのリレーション構築支援、規制のサンドボックス制度活用支援など、様々なサポートを受けることができます。
これらの支援を受け、赤ちゃんユニコーンは次の段階である「予備ユニコーン(1,000億ウォン以上1兆ウォン未満)(100億円以上1,000億円未満)」を目指します。
これまでの「Kユニコーンプロジェクト」の成果は以下レポートをご覧ください。
注目赤ちゃんユニコーン3社
「赤ちゃんユニコーン200育成事業」選定された、注目の赤ちゃんユニコーンをクイックにご紹介いたします!
1. PION
PIONは商品ページのURLを入力し。希望のテンプレートを記入するだけで、マーケティングビデオを1分で生成することができるAIソフトウェア「VCAT.AI」を提供するスタートアップです。
「VCAT.AI」が生成した顧客の目を引くマーケティングビデオを使用することでROAS(Return On Advertising Spend)は平均300%増加すると当社は説明しています。
Pitchbookによると、PIONは2021年5月にシリーズAラウンドでShinhan Capital、Access Ventures、BonAngels Venture Partners、CJ Investmentから資金調達をしています(調達額及び評価額は不明)。
2. Puzzle AI
Puzzle AIは、医療用AI音声認識ソリューションの「VOICE EMR」「VOICE ENR」や非対面診療サービスである「VOIDOC」を運営する医療×AIのスタートアップです。
「VOICE EMR」はPuzzle AI独自の人工知能音声認識技術で、医療スタッフの音声をテキストに変換して保存することができるソリューションです。この技術を応用して、看護師専用の音声認識ソリューションである「VOICE ENR」も開発しています。
精度98%以上を誇る「VOICE EMR」は、業務の多くを占める記録作業から、医療従事者を解放する素晴らしいソリューションであるとして、注目を集めています。
Pitchbookによると、Puzzle AIは2022年5月にシリーズBラウンドで、Kyobo Securities CompanyやMirae Asset Venture Investmentなどから$0.95Mを調達しています。
3. Wonderful platform
Wonderful platformは高齢者や子供向けの見守りロボット「dasom」を提供するAIスタートアップです。
当社が提供する高齢者のための見守りロボットは、音声で指示すると家族に電話をかけてくれたり、動画を再生してくれたり、薬を飲む時間や食事の時間を教えるなどして規則正しい生活をサポートしてくれたりします。
高齢者の寂しさを紛らわす会話機能(dasomの方から先に話しかけてくれる)や、音声・動作から緊急事態を検知し、家族や救急に連絡する機能などもあります。
21年年末の段階で、56の自治体や保健所などを通じて、約3,000人の一人暮らしの高齢者に提供されていると報じられています。
Pitchbookによると、2019年にIndiegogoでクラウドファウンディングを行い$0.01Mを調達しています(それ以降にも調達はあったとみられます)。
まとめ
いかがでしたか?
官民一体となったスタートアップ支援が行われていること理解できました。
李永(イ・ヨン)中小ベンチャー企業部長官は、1月21日に行われた読売新聞からの取材に対し、「韓国が大企業中心の経済からスタートアップ中心の経済へ軸足を移している」と述べ、実際に「すでにスタートアップの従業者数がサムスン・LG・現代・SKなどの4大グループの従業者数を上回っている」と説明しています。
また、政策の甲斐あってか、韓国国民の「起業家精神」が高まってきていることも明らかになっています。
今後も韓国のスタートアップ及びスタートアップエコシステムには目が離せません!
韓国のスタートアップの情報を知りたい方には、韓国のIT&スタートアップ業界専門メディア 「KORIT」がおすすめです!
世界各国のスタートアップエコシステムを知ることは、日本のスタートアップエコシステムを構築・強化する上で非常に有益です。
日本におけるスタートアップの支援を拡充する上で、他国で成功している支援体制を参考にすることは非常に有益です。実際に経済産業省の資料では、海外のVCを誘致するという論点において、韓国やイスラエルの事例を取り上げています。
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文・リサーチ/脇谷
写真・クリエイティブ/池田