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霧雨あるいは煙になる事を乞う

悲しいと、雨に打たれたくなるよね。
辛いと、煙になりたくなるよね。
わかりますその気持ち。
幸せでいることが怖くなって、自ずと不幸に進んでいくものでしょう。
陰湿でカビ臭いところにいると心が安らかになって、ここで死んでもいいって思えるんです。



雨に濡れながら歩く夜道は、緊迫感と街の明かりが自分の周りをつつんでいるように感じて、その瞬間だけこの世の主役になれる気がしますよね。
髪を揺らす激しい風でさえ、自分の心境を表す演出のように思えてきます。
そんな中で一歩一歩足を前に進めるたび、
逆境を生き抜く自分を褒め称えたくなるのです。



さて。
若い手にも、
まだ恐れを知らない無鉄砲さを兼ね備えた頑健な手から、所々が歪になって悲哀を抱いている細々とした手までいっぱいあります。
老いた手にも、
愛情をたっぷり含んで、誰かを救うような生暖かい肥えた手から、苦悩を背負って生きている傷の染みついた手まであります。



あなたはどんな手でしょうか?
助言や救いを求めるのは、あなたが明るい未来を求める証拠。
さて、明るい未来を生きていくには何を選んで何を捨てなければならないのか。



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あら?警察さん。どうしていらしたの?
今、私はこの方を救おうとしていたのですが。
ええ?自殺教唆罪?そんなことを言われましても。

ではあなたは風博士のように、幸せの目前で風になって消え去ってしまうのですか?
そんな儚い事を望む人、そんなに多くはないと思いますが。皆々、各々の目標を達成したのちの結果ではないでしょうか。


なんですって?私のもたらした因果に価値はない?


警察は激しい音を立てながら彼女を連行していった。
彼女は何も表情を浮かべず、抵抗もしなかった。
ただ、彼女は持っていた水晶を地面に叩きつけて、
一言、こう言った。

「この水晶が各個人の未来を表すなら、
  私に訪れるのは希望で、
   あなたに訪れるのは
    破滅でしょう。」



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車のライトが照らすドロップ。まるで針が地面に突き刺さるようです。
今更自分に非がないなんて言えるわけもなく、夜空を眺めていると、仲睦まじい親子が歩いていました。

私がまさしく描いていたもの。自分の母とも、娘ともなし得なかった理想。
そう、何もない私にとってあなたも、あなた以外も、有象無象に同じ。
だって私はあなたのこと何も知らないんだから。
わかりきっているはずなのに目から涙が溢れてくるのです。



〜〜
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あの日は忘れられない。
私は、目の前で水晶を割られたあの日、あの女に言われた言葉の答えをずっと探している。
私に訪れる破滅とは?
10年経った今でも答え、ましてやヒントさえも得られない。

聞こえるのは電気ケトルの中で水が沸騰する音のみ。
黒く揺蕩う雨雲は、風に揺られた煙のようだ。
白いカーテンに映えるカビ。
湿度はもう70パーセント。


煙草はいつものマイルドセブン。
静かに燃える鮮紅の火が踊っている。
炎、

カーテン、

なぜか自分も踊り出す。
鼻からはしきりに私の一部が出てくる。
自由になりたいと言っている。
体内が空っぽになったような気持ち、こんなに幸せなことは今までなかったかもしれない。

とても無責任だけれど、酷い快感が中枢神経から身体全身に広がっていく。
ホルムアルデヒドを感じる。
そっか、まだ私、やりたいこといっぱいあるんだ。
まだ未練があるんだ。
目から流れ出す私の一部は音も立てずに、私から分離していく。



知っている。どうやったってもう遅い。




赤いカーペットに刺さった、割れた水晶玉の破片。
そこにはもう何も映っていない。

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