【ちょい怖】ワニの肉

最近、ジビエ料理なんかが流行っていて、猪や鹿なんかは普通で、変わったところだとカンガルーの肉なんかも出すところもある。

さらには昆虫食なんかもエコとかいわれて、イナゴやらコオロギやら、果てはグソクムシなんかも食べられるところがある。グソクムシは昆虫ではないが。

ジビエ料理の店といって入ると、とんだ珍品しかない店に出くわして、食べるものがなくて困る。えてしてそういう食材は流通量が少なくて割高なのだ。

昔、職場の近くに変わった食材を食べさせてくれる店があった。今のジビエのはしりである。居酒屋風なのだけど、壁のメニューにはカンガルーのステーキやカエルの唐揚げ、ダチョウなど、一風変わったメニューが並ぶ。

一応、山陰料理の店と書かれているが、山陰地方の郷土料理がカンガルーなわけはないので、もとは山陰料理の店だったのだろうが、いつのまにかこんな風にメニューが増えたのだろう。

カンガルーの肉は牛肉のような味で少し柔らかめ、カエルは鳥の唐揚げと変わらない感じ。

意外とイケるものである。

しかしながら、1度、厨房の奥でタコのような黒い何かをしめていて、その生き物が名状し難い声をあげているのを聞いてアレは流石に食べるのは無理だなと思ったことがある。

メニューの中にワニの肉というのを見つけたのだけどこれだけは、いつも売り切れていて食べたことがなかった。

『ワニ 刺身、しゃぶしゃぶ、ステーキ 各800円』

その日はワニの肉がまだ売り切れていなかった。

他の食材と違ってワニは肉食なので、ちょっと気がひける。

刺身とステーキと、しゃぶしゃぶが用意されていて、刺身に興味を惹かれたのだが、はたして生で食べて良いものなのだろうかと、ちょっと心配になった。

「ワニって生で食べられるんですね」と、店主に聞くと

「ああ。ワニって、あの爬虫類のワニじゃないよ」とだけ、店主は答えた。

口数の少ない店主で、料理の説明もほとんどしない。出されたものをメニューの食材の名前と調理法からなんとなく想像して食べるのだ。

どれを食べても美味しいし、値段も安めなので、奥さんらしき人とふたりで厨房を回しているところに声はかけづらかった。

この店なら間違いはないだろうと、ワニの刺身を注文した。

「おまち」

カウンターから青磁の皿に5切れほど盛り付けられたワニの刺身が目の前に置かれる。

醤油の皿と、薬味として生姜が盛られている。

もうひとつ醤油の入った皿が置かれていて、こちら砂糖醤油らしい。お好みでとのことだ。

ワニの肉は白っぽくて少し滑っとしている。白身の魚のようにも見えるし、肉にも見える。繊維質の断面をみると、魚に近いのかも知れない。なんとも形容のしにくい肉なのだ。

一切れつまみ、生姜醤油で食べてみる。

少しぬるっとしているが、ぷるぷるとした食感で甘味があり白身魚の刺身を食べているような感じだ。

ただ飲み込んだあとになんとも言えない臭みが鼻に抜けるのだ。この臭みを消すために生姜や砂糖醤油を使うのだろう。

ただ、嫌な臭みではなくて、例えるならクサヤや納豆のように癖になる臭さなのだ。

箸が止まらず、一気に食べてしまった。もう一皿頼んでも良いと思ったが、売り切れの札が貼られてしまっていた。

もしまた売り切れずに残っていたら、今度はしゃぶしゃぶで食べようと思った。

毎回頼んでもよいし、いろんな食べ方で食感も楽しんでみたかった。

しかし、ワニの肉を食べることができたのはそれ一回きりだった。

そのうち仕事が忙しくなり終電間際の生活が続いた。久々に訪ねると店はなくなり、全く別の居酒屋チェーンが入っていた。

食べられなくなるとなると、ますますワニの肉の味が恋しくなり、ダメ元で山陰地方出身という会社の同僚にワニの肉を知っているかと聞いてみた。

「ああ。ワニ料理ですね。知ってますよ」

予想に反してあっさりとワニの肉にたどり着いてしまった。

「ワニって爬虫類のワニじゃなくて、サメのことなんですよ。山陰地方というか、広島の山の方の料理ですね。うちの方でもワニ料理ありますけどね」

ワニ肉の正体もこれまたあっさりと分かってしまった。

「山間部なんで、昔は生魚がなかなか手に入らなかったらしいんですが、サメって体内にアンモニアを蓄積するらしくって、腐りにくいそうなんですよ。今は新鮮なやつが手に入って、匂いもないですが、独特のくせがありますよね」

あの鼻に抜ける匂いはアンモニア臭だったのか。正体が分かれば、あとはどこで食べられるかを調べればよいだけだ。

どうせならと、同僚に本場のワニ料理の有名なお店を教えてもらい。食べに行くことにした。

広島県の三次市というところのワニ料理が有名ということで、休日に新幹線に乗ってはるばる広島へ向かうことにした。

広島からさらに山陽本線に乗り換えて、バスも乗り継ぎ6時間ほどかけて到着した。

教えてもらったワニ料理の専門店をスマホを片手に地図を見ながらようやく見つけた。店に入り早速、刺身を注文する。

あの店で食べて以来、食べたくて食べたくてしょうがなかったワニの肉がついに食べられる。

しかし、運ばれてきたワニの刺身はお店で食べたものと見た目から違っていた。あの店のワニ肉はもっとぬらっとした光と、魚とも肉ともつかぬ曖昧さがあったのに、これは見るからに魚っぽい。

一口食べてみると、たしかに少し癖はあるのだが、あの独特の臭みとは全然違う。もう一切れをすぐに食べたくなるような病みつき度合いが足りない。

お店の人にワニの肉は全部こんな感じなのかと聞いても、昔のはわかりませんが、今のはこんな感じですよと言われた。

他の店も当たって食べて見たが、やはり全然違う。

うちに帰ってからワニ肉について調べると、どの調理法に出てくるものも、あの肉と違う。

ワニとはサメのことなので、当然フカヒレや蒲鉾の原料のすり身など割と食べられている。そのどれとも違うのだ。

いろいろ調べてみると、韓国ではエイを発酵させたホンオフェという料理があるらしい、これは世界一臭いと言われるニシンの塩漬けの缶詰「シュールストレミング」に次いで強烈な匂いがするそうだ。

サメがアンモニア臭がするように、強烈なアンモニア臭らしい。

試しにとそれも食べたのだが、全然違った。

あの肉とおぼしき肉を探し求めて、いろいろ試しているのだが未だにあのワニ肉に出会えていない。

ワニを調べると日本の古事記や、日本書紀の神話に海の怪物の総称として出てくる。爬虫類のワニやウミヘビ、シャチを指すのではないかという説もある。

ワニとは古の日本では海の怪物をさしたというなら、僕の食べたワニはなんだったのだろう。

ただ一つ言えるのは、日に日に食べたいという欲求が増しているのだ。

堪え難いほどに。










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