短編14.12 狸と狐のわにゃんこ合戦「晴」
宿に着くと先程の人だかりはなくなり、僧とカマ、村長だけになっていた。
コウスケは猫の姿でその輪に入った。
「その猫が話せるなら、私の容疑も晴れるかもしれないな」
僧がコウスケを見るなり発した言葉はまるで猫が化けているのを知っているかのように思える。しかし、僧にそんな意図はない。
「ほっほっほ、馬鹿馬鹿しいのお、猫が喋れるわけなかろう」
村長が僧に言う。怒りは感じない。
「そうですね、確かにこの猫はうちの番をしている。話せるなら何か手がかりがあるかもしれませんね」
カマが笑顔で答える。
(カマ兄さん…自分達が化けているのを知られたら、確実に疑われるのに…)
コウスケはカマの発言に驚いた。しかし、カマは堂々としている。
「にゃあ~」
コウスケは欠伸をして宿に入って、入口の正面に座った。定位置だ。
熊のような男の死体がなくなり、血の跡が生々しく残っている。
「さて、しばらくはこの宿に泊めてもらおう、犯人も戻ってくるかもしれないしな」
僧がそう言うと村長もカマの肩をたたいて、宿を後にした。
しばらくして、カマが僧の縄をほどいた。
「宿の中くらい、自由にしていいさ」
僧はカマに一礼して「なんにしても迷惑かけたな、すまない」と言った。
「あなたが犯人ならね。でも、もう私はあなたが犯人ではないと思ってます」
「私は運がいい。君が店主で良かった」
僧は笑顔でカマに言った。
カマはその笑顔に優しく包み込むような温かさを感じた。
(それは俺のセリフかも知れない。盗みと殺しの疑いをかけられて、自分に罪がないなら、恨みしか生まれないのではないだろうか。なぜこんな笑顔がつくれるのか、俺はこの人に救われている、そんな気がする)
「あの…」
カマが僧に言いにくそうに言った。
「なんだ?」
「名前を…教えてはもらえませんか?」
「名など…青海、青い海と書く」
「そうですか。あなたにぴったりの名前ですね」
僧が寝ていることを確認して、コウスケはカマに話しかける。
「一体なにがあったのさ…あんなに疑っていたじゃないか」
「ああ…あの後な、青海さんが“まず、私の身の潔白を晴らそう”と言って捕まる前にいた村の茶屋の話しをしたんだ」
「茶屋?」
「そう。村は小さいからな。茶屋の店主のところに皆で行って話しを聞くと、間違いなく、捕まる直前までそこで一息ついて、店主と話していたそうだ」
「茶屋の店主とグルってことは?」
「考えたさ、しかし、今朝まで村長と一緒に飲んでたらしく、その店主も間違いなく犯人ではないそうだ」
「そして、青海さんが“ほれ!アイツがそうじゃないか”と指差したんだ」
「誰を?」
「誰でもない男さ。しかし、背格好が青海さんにそっくりで、皆がアイツじゃないかとザワザワしだしてさ、“ふ、誰でもないさ、適当に言ったんだ。な、そんなもんなんだよ”と青海さんが言うと皆、妙に納得して散り散りに帰っていったんだよ」
「つまり、青海さんの疑いは晴れた、ということ?でも、なんで縛られたママで宿に泊まることになったの?」
「青海さんがそう言ったのさ、“”そのままにしとこう。その方が犯人もボロを出しやすい”って」
「ふーん。そっか」
コウスケの表情が明るくなる。自分の招いた事が青海さんを死まで追い詰めたとなれば、眠れはしない、そうならなかったことに安堵したのだ。
「つまりだ。お前…小判を化かしたな?」
コウスケはカマの指摘に冷や汗をかく。その表情でカマは確信する。
「本当に紛らわしいことしやがって」
「だって、カマ兄さんが人間にイタズラしようって…」
「前にも言わなかったか?誰でもいいわけじゃないの!」
「その時は知らなかったもん…」
「まあ、いいさ。お前が小判を化かした事が事実で良かったよ。否定されたら、更に面倒な事件だったと思うとゾッとするよ」
カマがため息をついて、その場に胡座をかいた。
確かに小判がコウスケの仕業でなければ、他に化かす、化けられるやつがいたことになる。愛も含めて皆に疑いを持たなければならない。
「念のため聞くけど……殺してないよね?」
「え…」
「冗談だよ。お前じゃないくらい、俺だってわかるさ」
カマが愛の事を思い出す。
「疑い、信じるか…愛さんって凄いな。その通りだったよ」
カマは言ってすぐに背筋に悪寒を感じた。
(信じて、疑う…ってことも必要なのだろうか。だとしたら、目の前のコウスケも愛さんも…)
「カマ兄さん?」
急に真剣な顔になったカマを心配してコウスケが声をかけた。
「ん?…ああ、今日は泊まってけよ。部屋も空いてるしさ」
「うん。そうするよ」
〈リンリンリン〉風鈴の音。
カマが宿を出ていく。コウスケは青海の隣の部屋に行って布団を敷くと、パタンと倒れるように寝てしまった。
沢庵は目をあけると、天井に蜘蛛が見えた。不思議な夢から醒めた事に気づく。
「私は…また眠っていたようだな。どうも、カマ達の声が聞こえると寝てしまうらしいな」
身体を起こして部屋を出る。宿の入口まで行き、「ちょっと外に出るぞ」とボソッと言って沢庵は宿を出た。
しばらく寝ていたと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
街はきらびやかに輝きを放っている。
「それで、何かわかりましたか?」
沢庵が声のする方に振り向くが誰もいない。
(聞いたことのない声、また夢…)
そう思った時、視線の下に女の子が立っていた。
「青海さんは犯人じゃないのに…なんで死ななければなかったの?」
沢庵は悲しそうな女の子に見覚えがある。この女の子は熊のような男にくっついていた猫のような女の子だ。
女の子が消える。
「青海さん…死ぬのか…」
沢庵が空を見る。空を埋め尽くす程の星、流れる銀河。
「俺は…真相に辿り着けるのだろうか」
沢庵の声が夜空に駆けるように消えていく。
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