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短編14.8 狸と狐のわにゃんこ合戦「眠」

 狐は垂れ髪の女に化けてコウスケに近づく。

 コウスケは見惚れたママ動かない。

「この宿は不思議な宿だな…他の宿と違って居心地がいい」

 コウスケの頭を撫でて、そのまま顎を撫でる。コウスケは身を委ねる。

「この村を抜けて山の奥に…私の故郷がある…それまでは死ぬわけにはいかぬのだ」

 垂れ髪の女が悔しさを滲ませる顔をする。

 コウスケは故郷と聞いて、自分の村の出身なのだと認識した。

〈トントン〉足音。

「む…そなた怪我をしているではないか、猫…お前の小判を預かっている、後で取りに来い…と言っても通じないか。出っ歯の男が見当たらないな」

 僧がブツブツと言って、垂れ髪の女の怪我をみまわすと素早く手当てをして立ち去ろうと歩きだす。

「ま、待て!おまえ…」

「気にするな。私は自然と体が動いてしまうのだ。そなた、名はなんと言う?」

 垂れ髪の女が頭を掻く。

「愛、私の名は愛と言う。おまえなど言って…手当てをしてくれたのに失礼した」

「ハハハ…気にするのだな、そういうことを。愛か、いい名だ。私に名はない、おまえでよい」

 僧は笑って去る。

 コウスケは狐に見惚れたように、僧の後ろ姿に見惚れる。大きく頼もしい背中。胸が温まる。

 気づくとカマと僧が話しており、僧が小判をカマに渡した。

 

〈リンリンリン〉風鈴の音。

「おっと、お客さんだ。僧の方、ありがとうございました」

 カマは軽く会釈をして玄関へと向かう。

「二人泊めてくれるか?」

「勿論です。部屋は一緒で構いませんか?」

「ああ」

 髭を生やした熊のような男が子猫のような女の子を連れてやってきた。

「可愛いですね。娘さんですか?」

 小さな手が熊のような男の足に隠れて不安そうにその裾を握っている。

「いや、みなし児さ。ちょっと先の城下町で戦が起きてな」

「そうでしたか…本日はゆっくりしていってください」

 カマはそう言って客室に案内する。


(なんだよ、カマ兄さん。人間にイタズラしようって悪い顔してたのに。普通に宿屋の店主じゃないか)

 コウスケはフラフラと宿を出て狸の姿に戻る。

「愛さんか…綺麗だったな。うちの村がきっと故郷なんだよな…帰ってくるかな」

 コウスケは独り言を言って自分の村に帰った。



「お客さん、お客さん」

 沢庵が目を開ける。出っ歯の男が沢庵の体を揺らしているようだ。

「あれ?カマ兄さん…いつ帰った…」

 沢庵が言葉を発して気づく。あれは夢だ。コイツはカマじゃない。

「お客さん何言ってるんですか?」

「あ、いや…何でもないんだ」

 出っ歯の男が心配そうに沢庵を見ている。

「ご飯ですよ。急に倒れるもんだから心配しちまったじゃねえか。あんた、よっぽど疲れてたんだろうな」

「そうか」

 沢庵はコウスケとカマの声を聞いてからの記憶がないことに気づく。

「どれくらい寝てたのだ?」

「ほんの数時間ですよ、ほら女将が特別にって、いつもより豪華な食事を持ってきましたよ」

 冷や飯、味噌汁、魚の煮付けに漬物と豪華なものだった。

「本当に豪華だな…すまない」

 沢庵は一礼をして食べはじめた。

 夢を思い出す。狐と狸に夢を見せられたと考えると…そう考えて沢庵は整理する。

(愛はカマの妻で…狐の長、ダリの元妻。ってことはこの出会いがきっかけでカマの妻になったのか)

 沢庵はコウスケとカマについても整理する。

(コウスケはカマを慕っている。そして、カマはコウスケを気にかけている。想像とは違うな…ポン吉とキュウを殺した犯人と疑っていたのにな)

 沢庵はカマが好青年で行動力のある狸だと認識していた。そして、コウスケはそんなカマに憧れる無垢な少年だと感じている。

(あと素性が不明な僧と熊男と小娘か。このいずれかに犯人がいるのだろうか…)

 沢庵が天井を見て頭を悩ます。しかし、答えは出ない。


〈トントントン〉優しい足音

 スッと部屋の戸が空いて女将が入ってくる。手際よく沢庵の食べたご飯の後片付けをする。

 女将はご飯の一粒も残さず綺麗になったお椀を見て顔がわずかに明るくなる。

「お前さん、元気になってよかったね。しばらくぶりの客ではりきって作ってしまったよ」

 女将が笑って沢庵に声をかける。美しい。

「とても美味しかった。何よりもその心に感謝だ」

 沢庵は体を起こして正座をして礼をする。

「およしなさい、男が女に頭を下げるなんて」

 この時代に侍が女に頭をさげることなどありえない。

「関係ない。人の心に上下関係などあってはならない」

「…ふふ。お前さん、珍しいね」

 沢庵は誰の言葉だったのだろうか。受け売りの言葉だったが思い出せない。

「お前さん、お風呂に入って寝るんだよ、うちの風呂は格別だからね」

「それは楽しみだ」

 女将が立ち上がり、沢庵に背を向けて言う。

「ここは元々狸が経営してた宿屋でね、私はその末裔なのさ、誰も信じてくりゃあしないが…誰もが安心して眠れる宿、桃幻郷。この街の由来となった宿だよ、ゆっくりしておゆき」

 そう言って沢庵の反応を見ずに女将は去っていった。

 末裔。沢庵はその言葉に驚いた。

(では女将は…)

 狐と狸に騙されてはいけない。

 沢庵は掟を思い出す。

「もしかしてあの掟はこの宿の掟からきているのではないだろうか…」

 沢庵が呟く。

〈リンリンリン〉風鈴の音。

 どこからともなく聞こえる音に吸い寄せられて沢庵は眠りについた。


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