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木村花さんの自裁について思うこと

 プロレスラーでテラスハウス出演の木村花さんが亡くなった件について、取り上げたいと思います。

https://www.jiji.com/jc/bunshun?id=38009


 先日、私は女友達を眼前で自裁によって失ったばかりです。https://datchang.hatenablog.com/entry/2020/03/15/191526

 私にとってこの49日は、彼女に託された遺言を完遂するのに這いずり回る日々でした。奇しくも彼女の名前も「ハナさん」であり、そして語らずにはおれない心のくびきがあります。

 この件では自殺の原因がSNS上の誹謗中傷、テラハの演出の結果、と主に二通り言及されていますが、敢えて申し上げますと、私はいずれでもないと思っています。しかもこの二つに原因を帰因することは、花さんの望むところではないとさえ考えています。
 全部、花さんの問題です。

 まずプロレス(特に花さんのようなヒールについては)にしてもテラハにしても、これは最初から判っていたことですが、いずれにしても強烈な痛罵を受けることになる仕事です。これはもう必ず受けます。そんなことは判り切っています。
 しかしその代償に、「注目」あるいは「名声」を手に入れることができるのです。
 これは若者、特に花さんのような巨大な自己顕示欲を抱えながら、しかしこれまで中々注目されず燻っていた者にとっては是非とも手に入れたいものです。そして一旦注目されれば実力が衆目に晒され、評価されれば一段階上のステージに進むことができる。
 その数少ない、しかしある程度の容貌と特異な個性を持っている者であれば誰にでも許された挑戦する場となっています。最近であればローレンサイ等、無名から一気に名をあげたテラハ出演者はかなりいます。

 しかし翻って注目されるということは、ヌルくないことです。その一挙一投足に注目が集められ、考えの違う者に散々こき下ろされることになるでしょう。そのヌルくなさを受け容れるには、当然「精神のキャパ」というものが必要になって来ます。特に、花さんのように「振る舞いのクズさ」で売り込むのならばなおさらです。
 しかし花さんには、急激に集まった耳目とバッシングに耐えきる精神のキャパが無かった。ただそれだけのことです。

 では精神のキャパのない花さんは、目立つ振る舞いを止め大人しく暮らせるのか?というとこれもまた難しいでしょう。それは精神的に死ぬのと同じです。
 では花さんのように精神のキャパのない者は、あらかじめ精神テストでもして耳目を集めるという業の深さに耐えきることができるか試すべきなのか?というと、これもまた違うでしょう。それは精神のキャパの無さそうな人間から、挑戦権を奪うことになるからです。
 ではTwitterを花さんが辞めたり、罵詈雑言を禁止すればいいのでしょうか?これも違うでしょう。花さんの精神性ならば確実にエゴサをして自分の罵詈雑言を探すでしょうし、罵詈雑言の無い世界でテラハが耳目を集めることもないからです。
 ではテラハの番組自体、あるいは演出をやめさせればいいのでしょうか?これは最悪です。花さんのような血気盛んな若者の貴重な挑戦する機会を単に一つ奪い去ることになるだけです。

 格闘技をして自分の身体を無用に痛めつけること、テラハに出て自分の人格を天下に晒しバッシングを受け注目されること、そして死ぬこと、全部ひとりひとりに許された愚行権だと思っています。
 今回の件については、誰も悪くないし、今回のことを教訓にして何かを変えるようなことは花さんは望んでいない、と私は考えています。
 私が皆さんに申し上げたいことはただひとつ、「人は、死ぬ。」ということです。花さんを死なないように生かしても、それは彼女の心を殺すのと同じことです。そして彼女のような、私の親友のような、「人間が向いてない。」人類はこの世に一定数いるものです。我々にできることはただ、「人は、死ぬ。」ということについて覚悟をするということだけなんじゃないでしょうか。
 私にとってこの49日は、彼女に託された遺言を完遂するのに這いずり回る日々でした。奇しくも彼女の名前も「ハナさん」であり、そして語らずにはおれない心のくびきがあります。 この件では自殺の原因がSNS上の誹謗中傷、テラハの演出の結果、と主に二通り言及されていますが、敢えて申し上げますと、私はいずれでもないと思っています。しかもこの二つに原因を帰因することは、花さんの望むところではないとさえ考えています。
 全部、花さんの問題です。 まずプロレス(特に花さんのようなヒールについては)にしてもテラハにしても、これは最初から判っていたことですが、いずれにしても強烈な痛罵を受けることになる仕事です。これはもう必ず受けます。そんなことは判り切っています。
 しかしその代償に、「注目」あるいは「名声」を手に入れることができるのです。
 これは若者、特に花さんのような巨大な自己顕示欲を抱えながら、しかしこれまで中々注目されず燻っていた者にとっては是非とも手に入れたいものです。そして一旦注目されれば実力が衆目に晒され、評価されれば一段階上のステージに進むことができる。
 その数少ない、しかしある程度の容貌と特異な個性を持っている者であれば誰にでも許された挑戦する場となっています。最近であればローレンサイ等、無名から一気に名をあげたテラハ出演者はかなりいます。 しかし翻って注目されるということは、ヌルくないことです。その一挙一投足に注目が集められ、考えの違う者に散々こき下ろされることになるでしょう。そのヌルくなさを受け容れるには、当然「精神のキャパ」というものが必要になって来ます。特に、花さんのように「振る舞いのクズさ」で売り込むのならばなおさらです。
 しかし花さんには、急激に集まった耳目とバッシングに耐えきる精神のキャパが無かった。ただそれだけのことです。

 では精神のキャパのない花さんは、目立つ振る舞いを止め大人しく暮らせるのか?というとこれもまた難しいでしょう。それは精神的に死ぬのと同じです。
 では花さんのように精神のキャパのない者は、あらかじめ精神テストでもして耳目を集めるという業の深さに耐えきることができるか試すべきなのか?というと、これもまた違うでしょう。それは精神のキャパの無さそうな人間から、挑戦権を奪うことになるからです。
 ではTwitterを花さんが辞めたり、罵詈雑言を禁止すればいいのでしょうか?これも違うでしょう。花さんの精神性ならば確実にエゴサをして自分の罵詈雑言を探すでしょうし、罵詈雑言の無い世界でテラハが耳目を集めることもないからです。
 ではテラハの番組自体、あるいは演出をやめさせればいいのでしょうか?これは最悪です。花さんのような血気盛んな若者の貴重な挑戦する機会を単に一つ奪い去ることになるだけです。

 格闘技をして自分の身体を無用に痛めつけること、テラハに出て自分の人格を天下に晒しバッシングを受け注目されること、そして死ぬこと、全部ひとりひとりに許された愚行権だと思っています。
 今回の件については、誰も悪くないし、今回のことを教訓にして何かを変えるようなことは花さんは望んでいない、と私は考えています。
 私が皆さんに申し上げたいことはただひとつ、「人は、死ぬ。」ということです。花さんを死なないように生かしても、それは彼女の心を殺すのと同じことです。そして彼女のような、私の親友のような、「人間が向いてない。」人類はこの世に一定数いるものです。我々にできることはただ、「人は、死ぬ。」ということについて覚悟をするということだけなんじゃないでしょうか。

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