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「異日常」5/37

「ママン、父さんが死んだよ。」
リビングに戻った俺は、ママンの気が狂ってしまわないよう可能な限り事務的に伝えた。「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」これも以前何処かで読んだ本からの引用で、当方お気に入りの気構えだった訳だが。現状、到底スマートに振る舞える心境ではなかった。
そして、ママンは狂ってしまう。狂いの経過に合わせてみるみる巨大化していくママンを、俺は直視出来ない。

「お母さんもねぇ、小さい頃はお母さんに三つ編みしてもらっとったんよ。」
ママンは、何処からか連れてきたヤマタノオロチの首を器用に編み込み始めた。まるで、我が娘にでも接するような穏やかさで。
「ほら暴れんよ!キューって編むよ!キューって!」
眼前に広がるダイナミックな光景は、特撮のような、騙し絵のような。絶望を基調としている為、どこか不穏に歪んで見えて、エッシャーの世界をムンクの筆致で描き出したような。とにかく不思議で悲しい光景。
「これでショー回るけんね!三つ編みにしたヤマタノオロチなんて珍しかろうが!全国廻って、金儲けばするったい!」
ヤマタノオロチは泣き叫ぶ、文字通りの千切れんばかりの激痛に。
「ただ三つ編みにするだけじゃあつまらんけんさ。首編まれながら何か歌わんね?あんたやったら八部合唱できろうが!」
狂人かつ巨人と化したママンの絶対的恐怖を前に、ヤマタノオロチはNOを持ち合わせていなかった。
「♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪ オロチ♪」
ヤマタノオロチは苦痛に悶えながら、何故だか一気飲みのコール風の旋律を絞り出した。その歌声というのが想像以上に美しく、八重のハーモニーが辺り一帯を優しさで包んだ。
「なんね!あんた上手たい!こりゃあ明日から忙しくなるね!ほら、もっぺん歌ってん!」
「♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪ オロチ♪」
「もっぺん!」
「♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪ オロチ♪」
「もっぺん!」
「♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪編んで編~んで編んで♪ オロチ♪」
「うるせえぇ!!!!」→ブチィィィィィィィイイイン!!!!!(血飛沫)

自分で歌わせておきながら理不尽にも激昂したママンは、そのままヤマタノオロチの首を編み千切ってしまった。千切れた瞬間凄惨に吹き出した血飛沫は噴水ショーのようであり、夏の終わりを告げる打ち上げ花火のようであり。美しいものを見て感動が極に達すると自殺してしまう民族には、決して見せられない光景。
こうして悲しみに狂い果てたママンは、すーっと景色と同化するように消えていった。霧消というのか、すーっと。なんでこんなことになった。俺は両親を亡くした。


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