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「異日常」36/37

もはや俺の心を掴んで離さないパラグアイchは、その後も淡々と、あくまで興味深く続いた。スペイン語音声に日本語字幕。画面右上には「パラグアイch」という血文字。

青年ナレーション(語りの内容に沿ったスライド画像が展開される)
「どうやったら夜と友達になれる?僕は幾つになっても夜の寂しさに慣れない。
部屋の窓から朝日が差してきた。朝の光が夜の寂しさを溶かしてゆく。じわじわ、とろり、熱に耐えかね原型を失くしてゆくバターのように。
光に溶かされた夜の寂しさは、その姿を茶色い粘着性の液体へと変貌させる。『仕合せ』は個体で『喜び』は液体だなんてことをサリンジャーが言っていたかな?まあそれと似たような現象だ。
見た目を例えて言うならば樹液のようなその液体を、僕は毎朝飲む紅茶の中へ入れる。そうするとお茶の香りが引き立って、今日も一日頑張ろうって、前向きになれるのだ。いつぞの寂しさが、後の活力になるなんて不思議な話。
紅茶に入りきれず残った液体は、時間が経つと固まってしまい、それこそ琥珀のようになる。琥珀の『琥』という文字は、中国で虎が死後に石になったものと考えられていたことに由来するそう。僕はその発想を少し拝借して、琥珀のような寂しさのその塊を『寂珀』と呼んでいる。
たまに形のいい寂珀ができた時は、それに紐を通してペンダントを作る。寂珀のペンダントを着けていると無尽蔵にエネルギーが湧いてくる、と言えば大袈裟だけど。自然に笑えたり、自然に優しくなれたり、僕の理想とする人間像に少しだけ近付けるような気がするから。単なる錯覚だって自覚もあるんだけど、錯覚でもプラスに作用するならそれはそれで大歓迎だよね?宗教だってそうだ。
更には『綺麗だね』『素敵』『私も欲しい』なんて褒められた日には堪らない。僕はそんな時有頂天になってしまうんだけど、元は寂珀が自分の寂しさだったことを思い出して可笑しくなる。僕の寂しさが、僕の喜びを生んだ?寂しさが活力になったり喜びになったり、人間というのは実に良く出来ている。」

-画面は切り替わり華やかなスタジオ。見るから胡散臭い中年南米男性がご陽気に。
中年南米男性
「このように『寂しさ』のような一見マイナスに捉えがちな感情も、ひと工夫加えてあげるだけで一気にプラスのパワー!そのことに気付けた彼は、今ではすっかり脱寂しがり屋!それもこれも全部『寂珀』のお陰!
寂しがり屋が治っただけでなく、高額当選くじが何回も当たったり、急激にモテたり、シックスパックの腹筋を手に入れたりと幸せの盛り合わせ!
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パラグアイchと言えど、深夜は他局と同じようにテレビショッピングの繰り返しとなるようだった。前の二番組みたく人間のエゴイズムを痛快に風刺する内容ではなかったが、全編南米の雰囲気で見るそれはやはり目新しく全く退屈を感じなかった。が、ここから先の記憶が無い為、どうやらここらで寝落ちしてしまったらしい。


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