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「異日常」33/37

とまぁ、こんな感じでダラダラと書いている。さて、今日はどんな職業になりきるとしようか。あまり考え過ぎるといけない。目には見えない宙に漂う俺らしいものを本能で摘んでいく感じ。それがベストなんだ。気付けばペンが走り出し、俺は静かに、止水に浸り込むように没頭した。

【男色マタドール(怒)】
良かった、そう思える日が増えた。
あの日の自分に報告したい。俺は今でも忘れないのだ。あの日、夜空と我が人生を紅く染め出した太陽を。神の社に濛々と舞い上がる粉塵を。殻を突き破るような、何処か産声にも似た咆哮を。
夜明けの前が一番暗い。
    ※
職業、男色マタドール(怒)。東京に来て今日で十年となる。
我ながらとんだ親不孝息子だと思う。誰もやったことない事をやりたいからって、親の反対を押し切って男色マタドール(怒)になった。十年続けてわかったのは、男色マタドール(怒)には全く需要がないってこと。あのアップル社だってはじめは小さなガレージから始まった、そんな成功者の苦労話を糧に生きてきた。情熱だって努力だってジョブズに負けてる気は毛頭ない。が結果は歴然。何かが決定的に負けていたのだろう。
嗚呼、今日も何一つうまくいかなかった。今日も、というのがミソである。生まれてこの方、自分が思うように事が進んだ試しは一度もない。それでも「自分は間違ってない間違ってない」と心の中で言い聞かせていると、それじゃあなんだか間違っているみたいじゃないかと笑えてきた。嗚呼、失敗でしか年表を作れない我が人生よ。悲しい虚しい大嫌い。
とまぁ、そんな情けないことを深夜アルバイトの休憩時間に考えているのだから切なさは倍増だ。
着慣れたバイト着のまま煙草に火を付ける。ふと三月の寒空を見上げると、綺麗な月が出ていた。風俗店が立ち並ぶ細い路地から見上げる月。バイト先で煙草を吸えるスペースがここだけだから仕方ないが、哀しいかなこの十年間、一番見上げたであろう月がこの風俗店越しのものだった。昔から割に月が好きな俺にとって、こんな場所から見上げているというこの現状。月に謝りたくなった。ロケーションもさることながら、自分自身が荒んでしまっている。
月は、いつも変わらず照らしてくれる。変わらない所がいい。俺は今まで生きてきて、実に多くの人達と月下で笑い語らってきた。何でもないような人達も、俺の人生における重要な登場人物達も。そんな人達は今、一体何処に行ったんだろう?殆んどいないように思われるが。
正直、男色マタドール(怒)になってからというもの、周りの人がどんどん自分から離れていく感覚がある。否めない。それは、俺が人を引き留められるような人間じゃないから。もう一度言う。俺が人を引き留められるような人間じゃないから。皆は変わるが、俺は変わらない。変わらない所がいい、月とは違う。この場合、変わらない所が悪い。罪悪。自分の人生における重要な登場人物くらい守ってみたいよ馬鹿野郎。
嗚呼、もっと澄んだ心で月を見たい。気恥ずかしいけど切実だ。しかし仕事の充実、家族の充実、色々な充実が決定的に足りていない俺は、そんな願いが叶うまで、あとどれだけ何かを頑張ればいいのだろう。頑張る対象を「何か」なんてふんわり仕上げている時点で無理なのだろうか。でもまぁそれがわからずとも、「何か」を頑張るべきということに違いはないので、無差別的に何でも頑張ろうという漠然とした決断とも言えない低温度の選択をする訳で。
とまぁ、そんな自慰行為ともとれる無為な思考を巡らせながら、本当はそこまで美味いと思っていない惰性の煙草をくゆらせる。届きもしない月に手を伸ばす。涙が流れた。そして、俺は無計画にバイトを辞めた。

深夜三時の帰り道。降っていると言えば降っている、降っていないと言えば降っていないレベルの不快な霧雨。街の雑音はあったような気もする。が、俺は無音の世界に一人でいるような心地だった。それは自分だけの世界、なんてスマートなものではない。もっとネガティヴで孤独で惨めな絶望世界だった。
バイト先からほど近い自宅へ直帰する気になれなかった俺は、街中を歩いた。色んな思考が頭を掻き回したが、自然といつもの現実逃避へ考えは向かっていた。
下には下がいる、下には下がいる、下には下がいる…ふぅ、少しだけ落ち着いた。俺はこうやっていつも「下には下」に思いを馳せることで、精神安定剤としているのだ。俺以外にも、悲しくて虚しい奴らなんて幾らでもいるんだって。上には上がいるで頑張れる人もいれば、下には下がいるで頑張れる人もいるんだって。
わかってる。自分でもわかっているんだ。この思考法が、輪をかけて悲しくて虚しいってことくらい。また、涙が流れた。泣いてどうにかなるようなことでもないのに。だけど、涙が止まらない。こんな夜を、俺はあと何回過ごすのだろう。無力な自分が厭なのに、無力な自分でい続ける。今を涙や言葉にして楽になろうとしているのか。真逆の自分が理想の筈だ。頭ではわかっているつもり。だけど涙が止まらない。全てを終わらせる勇気もない。死にたくない。死ぬ準備が何一つ出来ていないから。死ねない。どうする。俺は俺を全うすべきだ。そう、ポジティブな意味での死ぬ準備をしなくては。死ぬ準備。死ぬ準備。死ぬ準備。

凍てつく風と、深夜の闇の物寂しさと、自分の心の弱々しさを、内から外から感じながら俺は徘徊を続けた。そして気付けば両親のことを考えていた。
「お宅の息子さん何されてるの?」「だ、男色マタドール(怒)です。」
本当に頭が上がらない。たまに電話して「元気?こっちは元気」なんて笑って振る舞うが、ここ何年かは後ろめたさから心から笑えていない。
そういえば最近、ろくすっぽ里帰りできていない自分を正当化する為に母さんへ電話した時、
「貴方はいつも夢を語るから、きっと努力してるんだろうね。努力してない人は愚痴を語るとかっていうじゃない?」
と言われて、堰を切ったように泣いてしまった。もちろん向こうにバレないように。認めてもらえた嬉しさも多少あったのかも知れない。が、悔しさと不甲斐なさが入り混じった、不本意に熱い涙だった。実体がまるでない俺の夢に対してなんとか優しさを振り絞ってくれた感じがして、とてもやりきれなかった。涙の量からして、電話越しで本当に助かった。
自分の非力が原因で、年甲斐もなく泣いてしまう自分が憐れで惨めだ。俺は嘘つきなのだろう。何かが出来ると言い張って、何も出来ていない訳だから。実際、何かが出来るという確信はあって嘘をついているつもりなんて微塵もないのだが。結果として嘘つき。夢の途中と言えば聞こえはいいが、時間や環境は容赦なく押し寄せてきて一層情けない土俵際に俺は立たされている。色んな感覚を麻痺させることで対処出来ることもあるだろう。例えばヨゴレを自分のスタンダードにするだとか。しかしご生憎様卑小なプライドが邪魔をするし、それこそ両親はそんな俺を嫌うだろう。いっそ嫌われてもいいのか?何かを捨てるべきなのか?俺は欲張りで、同時に手に入れられないものを同時に手に入れようとしているのか?
思うに、何かを成し遂げようとする最中というのは、成果が出ていないという絶対的事実がそこにある訳だから、みんな誰しも嘘つき状態。タチが悪いことに、そこに確固たる信念とやらがあるせいで狼少年的な哀しき嘘つきとなる。
もういい、貧弱な御託は十分だ。幾ら自己弁護を重ねたって状況は変わらない。とにかく俺は嘘つきなのだ。「そういうのは嘘って言わないんじゃない?」と声を掛けてくれる思い遣り溢れる人もいるだろう。が、ハッキリとわかる。そんな優しさに甘える訳にはいかないのだ。元々俺は嘘が大嫌いなのだから。そしてそもそも、人にそんなことを言わせてはいけない。
「父さんと母さんに笑顔で会いたい」
我ながら気色悪い独り言を念仏のように唱えつつ、あてもなく歩いた。親の笑顔がモチベーション、そんな子どもの頃の基本ルールが俺の頭にはまだ残っているのだ。二人の笑顔を見る為に俺はいつも頑張れてきた筈だし、俺自身、もう一度一緒に笑い合いたい。笑うということ即ち幸せ、そんな方程式を信じて止まない俺だから。

近所の古い神社が目に入った。神にもすがりたい男色マタドール(怒)ここにあり。賽銭さえ懐に響く情けない俺だが、二人に笑顔で会う為だ。なけなしの小銭を全部投げ入れ、俺は鐘を鳴らした。

ドンガラガッシャーン!ドドドドド!ガシャーンガシャーン!!バコーン!ドン!ドドン!ギーガゴン!ギーガゴン!バキュードキューボキュー!ドドドドド!ドデン!ボコン!バコン!ゴゴゴゴゴ!ドーン!ガシャコーン!ギギギギギギギギ!ゴローン!バコバコバコ!メキメキメキ!ズガゴン!ガシャゴン!ドドドードドードド!ズドン!メキャー!メキャー!ズドーン!ガシャガシャグシャー!グシャーーーー!ギシャメキメキ!ゴゴゴゴゴ!ガンッ!ギーガシャーン!ギーガシャーン!ズコーーーー!メキャズボボスルリン!!!メキャズボボスルリン!!!メキャズボボスルリン!!!

鐘の綱を引っ張った勢いで、俺は神社を全壊にしてしまった。男色マタドール(怒)として日々鍛え上げた腕力が、これ程までになっていようとは。
「オレーイ!オレーイ!カワイイ雄牛を連れて来な!!アングリーオレーーーイ!!」
神をも恐れぬ男色マタドール(怒)ここにあり。少しだけ自信が沸いてきた。辞める理由は山程あるが、辞めない理由の方がかけがいなかったりする。自分に自信が持てるという体験は、とても貴重で発展的なのだ。まだ俺には選択肢がある。選択肢があるというのは、想像以上に有り難いこと。
ちょうど夜空を紅く染めだした太陽も、前向きな気持ちを後押ししてくれた。空模様一つに心情を左右されてしまう単純な自分を馬鹿らしくも思ったが、前を向けるなら理由は何でもいいとも思った。
「5年後か10年後、振り返った時、あの日から全てが変わったと思える、そんな日がある」
不意に愛読する漫画の台詞が頭に響く。「そんな日」を、今日にしてはいけないというルールはない筈だ。良かった、心の底からそう言える日が来るように。良かった良かった、憧れのフレーズ。
さぁ、この熱量を利用しない手はない。今日この日の情熱は、5年後10年後にはもう失くなっているかも知れないだろう?俺は俺を全うするのだ。俺は俺を全うするのだ。俺は俺を全うするのだ。
「父さん!母さん!アタイもうちょっとだけ頑張ってみるわ!カワイイ雄牛を連れて来な!!アングリーオレーーーイ!!」

と、ここで俺はペンを置いた。いつもより随分と長くなってしまった。そして書き上げたものを読み返し、自分自身への気付きがあった。それは、やっぱりどうしたって揺るぎなく、俺は両親が大好きだということ。それから、深夜に物を書くと変に熱量が高まって自分語りが鬱陶しいこと。(怒)



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