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「異日常」28/37

ブゥン。。。そんな音がした。
何の音かと思えば、目の前に丁度俺の背丈程の真っ黒い穴が出現している。映画やなんかで見るブラックホールのようなイメージ。「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」という言葉を想起してしまうような、不気味で、未知なる恐怖を孕んだ究極的な闇。恐らく科学では解明できない事象だがとにかく、俺の目の前には真っ黒な穴がある。そして俺は、躊躇なくその穴に闖入した。穴があったら入りたいとちょうど切望していたのだから。全身が呑まれるように入り込んでしまうと、ブゥン。。。完全に穴は閉じてしまった。

中の景色は、俺が思う四次元世界といった様相。要するに異空間。闇に照らされているような不思議な明るさで、重力に関係無く上下左右様々な方向に人がいた。正確にはそれが人かどうかも断定出来ないのだが、頭と手足胴体を持ち、日本語風のクレオール言語を操っていたので人だと判断した。俺が見える範囲だけでも百人程度はいたその人達は、皆ロープで緊縛され、吊るされ、風体は目隠しにブリーフ一丁。そして股間部分には、各々の両親の写真がぺたり貼り付けられていた。(丁寧に「Father」「Mother」と記されていたのでそうだと判った)
そして彼らは「自分を恥ずかしく思うことなんてないんだよ」という意味合いの歌を大合唱していた。その音量というのが尋常でなく年の瀬の第九を思わせ、同じ歌詞のリフレインであることがボレロのような昂揚感を生み出していた。状況を全く咀嚼出来ていない俺は寄る辺なく、無条件に、長時間の鑑賞を余儀なくされた。そして、得意の変性意識状態に陥る。頭蓋を悪魔的に掻き回され、無慈悲に混じり合った絵の具のような心象。俺の意識をキャンバスに、獣化したジャクソンポロックが暴れ回ってアクションペインティングしているような。そんなヒッチャカメッチャカな心境であられもない彼らの姿を見ていると、なんだか、自分が全く恥ずかしくないという気になってきた。今なら嘔吐を見られた位で吠え面をかくような俺ではない。
そうだ、成る程きっとこの穴は、羞恥を克服する為の穴だったんだ!きっとそうに違いない!これは、穴があったら入りたい人矯正ホールなのだ!
すっかり自信に満ちた俺は、堂々たる歩みで元の会場へ戻ろうと踏み出す。が、帰り方がわからない。頭に浮かぶ絶望の二文字。万事休す。
そこへひょこひょこと一人の男が現れ、ロープに目隠し、それからブリーフ、終いには俺の両親の写真を力強く手渡してくる。
もしかして、もしかしてこれは、、、お俺も、この空間で、死ぬまで、永遠に、彼らと大合唱を続けろと言うのか!こんな痴態で!ああ!嘘だ!燃え上がるような恥辱!こんな筈ではなかったのに!嫌だ!畜生!恥ずかしい!!あ、あ、穴があったら入りたい!!!ブゥン。。。


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