小説のような、日記のような。
本を読もうと思った。いや、読まねばならぬと思った。
家にいては文字が意味をなして頭に入らない。ダメ元でページを開いたが、すぐに閉じた。自宅ではどうも、私の目と頭が分離してしまうのであった。
仕方があるまい、喫茶店にでも行こう。
私は見栄っ張りだ。人前でしか頑張れぬ。しかし出先では恐ろしい集中力を発揮して、自宅でぐうたらしている分を巻き返してしまうのである。 これに関しては何人たりとも追随を許さぬ。
人前・珈琲・本と揃えば、集中力が出ないはずがない。
私は意気揚々と家を出た。
暑い。喫茶店へ続く参道をひたすら歩く。初夏というのもはばかられる日差しの強さに目を細めると、街路樹の新緑がチカチカと瞬いた。木漏れ日が揺れる様子は、星と見まごうほどであった。
アスファルトの反射熱にじわじわと加熱されゆく我が体を引きずって、ようやく目的地に辿り着く。喫茶店の鈍色のドアノブに手を触れると、ヒヤリと金属に体温が奪われて、心地が良かった。
そして私は、自分が本を忘れたことに気づいた。本末転倒である、本だけに。
己の阿呆さとどうしようもない夏に私は全てを諦めた心地で、喫茶店の扉を押し開いたのであった。
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