【小説】『この学校、大丈夫なのか?』Vol. 3

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 これは、201X年に行われた児童会選挙から、この学校に宿題、テスト、いじめがなくなるにいたった出来事の記録である。

 選挙当日演説では、五人が体育館の舞台に上がっていた。

 その中の一人の演説に、児童たちは目を見開いた。

「候補の中の大原一郎くんは、いじめをなくすことをかかげていますが、彼の目的は……かつて彼をいじめたぼくへの復しゅうです!」

 その一言に、みんながざわざわとざわめいた。当の大原一郎も、顔をこわばらせている。

「もし彼が当選したら……ぼくという人間が、苦しむことになります。みなさんは、そんなことをしたいんですか?」

 彼の問いかけに、みんな、しん、として、うーん……と考え始めた。

 大原一郎は、当日演説の前から、そのさわやかなあいさつ、えがお、下級生へのやさしさなどから、この演説前から人気の候補だった。

 それゆえにその候補者の演説は、多くの児童にとってショックを与えるものとなった。

 ピーッとタイマーが鳴り、その候補者の演説は終了した。

 そして話題に上がった大原一郎の演説の順番になる。

 大原の表情は、少し戸惑ったようなところもいっしゅんあったが、次のしゅんかんには、きりっとした表情に変わっていた。

 みんながゴクリとかたずを飲む。

「それでは、演説をはじめてください」

 という司会の声がひびいて、大原一郎は口を開いた。

「原稿を作っていましたが、今の話を受けて、原稿とは別のことを話そうと思います。……さて。ぼくは、たしかにいじめをなくすことをかかげていますし、実際に、いじめられていたことも、たしかです――ですが、いじめが悪いものであるという認識にあるからこそ、ぼくは、自分をいじめてきた相手に仕返しは絶対にしません、ということをまず伝えたいと思います」

 その言葉を聞いて、先ほど演説していた候補者は、舞台上のパイプいすに座ったまま、はっとした表情をし、うつむいた。

「ぼくは、みなさんにもし、自分にとって嫌なこと、悲しいが起こったときに、一人で抱え込むことなく、ちゃんと声を上げられる環境を作っていきたいと思っています。それは、ぼく自身がいじめにあっていたときに、親にも友達にも先生にめいわくをかけたくなくて、一人でため込んで、一人で泣いていた経験があったからです。でも、ぼくが屋上の近くの階段の隅っこで泣いていたとき、通りかかった一人のクラスメイトが隣に来て言ってくれました。『人の嫌がることはしちゃだめだけど、もっと人をたよってもいいんだよ』って――ぼくは、こういう価値観を、この学校に広げたいと思ってます」

 残り時間は30秒を切っていた。

「でも、こういう、いじめをなくす努力をすることは結構大変です。ぼくたちは、友人関係のことを考えるだけじゃなくて、勉強や、家族のこと……いろいろなことで悩んでいます。ぼくたち子どもが、こんなにたくさんのことに悩まなければいけないのは、疲れてしまいます。そこで、もしぼくが当選したら、少しでもぼくたちみんなにのしかかっている負担を減らすために、先生方には、ぼくらがいじめをなくす努力をする代わりに、宿題とテストをなくす努力をしてもらいたいと思います。宿題とテストが無くなることで生まれた時間は、クラブや放課後遊び、中学受験をする人の受験勉強とみんなの好きなことをする時間にも使えます」

 そこで、ピーッというタイマーの音が鳴った。大原が、ふぅ、とため息をついた音が、マスクにボッという音でわかる。

「……と、短い時間だったので、言えたことはわずかですが、以上で、ぼくの演説を終えます、ありがとうございました」

 大原はぺこり、とおじぎをした。

 体育館は、ぱちぱちぱちっという、大きな拍手の音に包まれた。

 ――これが、児童会長大原一郎の誕生のきっかけだった。

(つづく)

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