羽生無冠の肩書について
やや今さらながら。
羽生九段(まだこの段位の肩書に違和感を感じます…)が竜王を失冠した時に肩書をどうするか、という話が話題になりました。
九段、前竜王、その他の肩書(永世のことだと思われる)の3つが候補として上がりましたが、本人の意向により「九段」となりました。
で、何でたかだかタイトルを失っただけでこんな話題になんの? っていうのが今回の内容です。
ということで、以下のことをお話します。
1.段位について
2.「前」という肩書について
3.現役で「永世」を名乗った前例について
今回は少し長くなりますがどうぞお付き合いください。
1.段位について
現在、プロの段位は四段~九段までです。
しかし、以前は違いました。
もともと将棋界では「八段」が最高段位でした。ただし、「九段」は名人だけの特別な段位として存在していました。
つまり、「名人=九段」だったのです。
近代将棋が創設されたとき、タイトルは名人戦のみでしたが、1950年に「九段戦」というタイトル戦ができました。
しかしこの当時、九段戦に名人は参加しないことになっており、「名人九段戦」で最強を決めるとなっていました。(1956年から九段戦に名人も参加できるようになった)
この時は「九段」というのは段位ではなくタイトルでした。
しかし1958年に段位としての九段について規定が定められました。(簡単にいうと、名人級にめちゃめちゃ凄い人は段位を九段にしましょう、となった。現在は改訂され、この当時と違う条件で九段になる。)
すると、○○九段、と言った場合、それがタイトルなのか段位なのか分からなくなります。
そこで、九段戦を十段戦へと変更しました。
九段は段位、十段はタイトルとなったのです。
その後十段戦は廃止され、代わりに竜王戦というタイトル戦ができました。
というわけで、現在段位は九段までしかありません。
十段を名乗れるのは、十段戦があった時にそのタイトルを取りまくって「永世十段」の資格を得た人だけです。
ちなみに大山永世名人と中原永世名人の2名が「永世十段」の資格を得ています。
だから羽生さんはどんな活躍をしようとも、段位は九段なのです。
十段になることはありません。
十段という段位は存在しないのですから。先ほども言ったとおり、十段は過去のタイトルです。
ただし、将棋連盟が特別に十段という段位を認めている人がいます。
それは、徳川家康です。(棋力で認めているわけではない)
2.「前」という肩書について
前竜王って何ぞや、と思った方も多いのではないのでしょうか。
あの羽生だから特別に「前」って文字を使って意地でも段位を名乗らせないで特別感出そうと悪あがきする将棋界のくだらないプライドか? と思った方もいるかもしれません。
そんなことはありません。
今将棋界に8個のタイトルがありますが、名人と竜王だけは、「前」を名乗る資格が与えられます。
この2つのタイトルは格が高いからです。
これは、そのタイトルを失った場合、例えば竜王を例に話しましょう。
竜王を失冠した場合で、さらに他のタイトルを持っていない場合、次の竜王戦が終了するまで「前竜王」と名乗る資格が与えられるのです。
名人戦も同じ仕組みです。
ただし、名人戦と竜王戦以外の棋戦ではこのような規定はありません。
「前」が付くのは前名人と前竜王だけです。
今回の羽生九段はまさにこれでした。
保持しているタイトルは竜王のみで、タイトルを失いました。
羽生九段は、次の竜王戦が終わるまで「前竜王」の肩書にしてもいいのです。
しかしこの「前」という肩書は、あくまで、名乗る資格があるだけで、辞退することもできます。
では「前」を名乗った人って今までいたの? となりますが、います。
具体的に誰が? というのを細かく調べようと思いましたが、手軽に調べれる手段がなかったのでやめました。
私の記憶と簡単に調べられる範囲で記載します。
前名人を名乗ったことがある人
・大山康晴
・中原誠
・加藤一二三
・米長邦夫
等
前竜王を名乗ったことがある人
・島明
・佐藤康光
・羽生善治
等
さて、この前名人、前竜王の肩書ですが、以前は名乗るのが当たり前でした。
いつから名乗らないようになったのかというと、谷川九段が1997年に竜王名人のタイトルを保持しますが、翌1998年にその両方とも失いました。
規定により、「前竜王・前名人」の肩書を名乗ることができましたが、これを辞退しました。
ここからなのです。
谷川九段と言えば中学生でプロデビューし、史上最年少名人の記録を作り、永世名人の資格まで持っている偉大な棋士です。
将棋連盟の前会長でもあります。
そんな棋士がこの「前」の肩書を辞退したがため、それ以降の棋士はみんな辞退するようになりました。
恐らくそれ以降の棋士は、あの谷川先生が辞退したのに自分なんかがその肩書を名乗るなんておこがましい、と思ったのでしょう。(たぶん)
そして気が付けば誰も名乗ることはなくなりました。
前竜王に関しては最後にその肩書を名乗ったのは、羽生さんです。もう30年近くも前のことです。
その羽生さんだったら、今「前竜王」を名乗っても誰も文句言わないでしょう。前竜王、前名人という肩書を、名乗って当たり前というポジションに復活させるには、羽生さんが再度その肩書を名乗るしかなかったのではと個人的に思います。
その羽生さんが前竜王を辞退して九段になりました。
おそらく、「前」を名乗らない今という時代の流れに従ったのだと思います。
でもこれではますますその肩書を使いづらくなります。
使うのが当たり前だった肩書をもし今使ってしまったら、あいつ負けたくせにタイトルにしがみつきやがって、諦めの悪い男だ。などと一部の人から言われかねません(私は絶対に言いませんしそんなのつゆほども思いません)。
とはいえ、「前」の肩書は名乗る資格がある、というのが決まりです。
当然、その肩書を辞退するのも自由です。羽生九段を責めるわけではありません。
辞退も自由。名乗るのも自由。
それが「前」の肩書なのです。
3.現役で「永世」を名乗った前例について
まず、永世って何ぞやってかたはこちら[将棋のはてな? -永世○○とはー]を見ていただければと思います。
さて、羽生さんが竜王失冠したとき、永世の肩書を名乗るのではないか? と思った人も多いかと思います。(私はそう思いました)
実際、将棋連盟は羽生さんに「九段、前竜王、その他の肩書があるけどどうしますか」と言う内容のことを言ったそうです。
その他、それは「永世」しかありません。
原則として引退しないとその肩書を名乗ることはできませんが、羽生さんほどの実績があれば特例で現役でもその肩書を名乗ることを許しますよ、と連盟が言っているようなものだと、私は解釈しています。
実際に今まで現役のときに永世の肩書を名乗った方が3名います。
・大山永世名人(最初は永世王将を名乗った)
・中原永世名人(最初は永世十段を名乗った)
・米長永世棋聖
羽生九段の実績は、この3名に負けていません。むしろ勝っている部分の方が多いです。もちろん活躍された年代が違うので単純には比較できません。(羽生九段の実績が、上記3名の実績を『凌駕している』という記事を見たことがありますが、それは誤りだと思っています。今は以前よりタイトル数が多いので実績の積まれ方が異なります)
が、羽生さんが永世の肩書を名乗っても不思議ではありません。
私の予想ではまず最初に「名誉王座」を名乗ると思っていました。
理由は、羽生九段が最も多く取ったタイトルが王座だからです。
※「名誉」と書かれてありますが、永世と同じ意味だと思ってもらって構いません。呼び方の問題です。王座だけは永世王座ではなく名誉王座となっています。
また、スポンサー(各タイトルそれぞれスポンサーがいます)の立場で見ても、羽生九段が現役のときに永世を名乗ることを拒む理由はないでしょう。
ただ、永世名人については現役にときに名乗ることは当分ないのではと思います。
なぜなら、すでにその資格を持っている現役棋士の谷川九段と森内九段がいるからです。二人を差し置いて羽生さんが現役のときに永世名人を名乗るのは考えづらいです。
お二人が羽生九段よりも先に引退されたら、可能性としてはあるのかもしれません。
なぜならなぜなら、永世名人は、〇〇世名人という言い方をします。
正式な肩書にはこうです。
・大山十五世名人
・中原十六世名人
・谷川十七世名人※
・森内十八世名人※
・羽生十九世名人※
(※原則襲名は引退後)
です。資格を得た順番でこの番号は決まります。
ということで、羽生九段はのちに現役のときに永世を名乗ることになるかもしれませんが、以上の理由で「名誉王座」を名乗ることになると思っています。
谷川森内が先に引退したら、現役で永世名人になるのもなくはないと思います。
どうなるのか、楽しみです。
おまけ.羽生が九段を名乗らない棋戦
最後におまけで、羽生九段が九段の肩書ではない棋戦が1つあります。それは、日曜お昼にやってるNHK杯です。
詳しい理由は以前の記事[実は羽生永世八冠?]で軽く書いているのですが、簡単に言うと、羽生九段は名誉NHK杯選手権者の資格を持っており、この資格は現役のときに名乗れる決まりだからです。
そしてその肩書は、NHK杯でのみ使われることになっています。
日曜のお昼のNHKで見られる将棋では、羽生九段ではありません。「羽生名誉NHK杯選手権者」です。(←呼称が長い…)
その他の棋戦では、羽生九段です。
もっとも、羽生九段は間違いなく現在もトップ棋士の一人です。今年羽生九段が新たにタイトルを奪取すると予想する人が多いようで、そうなったらまたそのタイトルを肩書として名乗ることになります。
九段の期間が長いのか短いのか、今年も一年楽しくなりそうです。
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