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HSC日記

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ひといちばい敏感なHSCの娘の過去と現在進行形と。
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#登校拒否

時には休む!!これが大切です。

もうすぐ、夏休みが終わる。 夏休み中に 「あー、学校に行きたいな!」 と、ミラクル発言をした娘。 4年かかったけど、ようやく 娘が安心して通える小学校に 辿り着いたように思う。 1学期の終わりに作文の宿題があった、 お題は「好きな映画」。 映画が大好きな娘は散々どの映画の事を 書こうかな?と悩んでいたが 2017年公開(日本) イルミネーション・エンターテイメント 製作のアニメ映画 『SING/シング』(原題:Sing) について書いた。 わたしも、この映画大好きで、

小学校が楽しくなるまで、4年かかったなぁ♫

夏休み、ちょうど半分過ぎた。 「あー、学校行きたいな!」 と、娘。 「え!!今、なんてった?」 と、思わず、聞き返したわたし(笑) 小学生になり4回目の夏休み。 学校を恋しがる娘を見るのは、 はじめて! 1年生。 初めての小学校の夏休み。 8月に入ったあたりから 「あぁ夏休み終わったらどうしよう…。」 と、心配していた。 早っ! まだ、あと1ヶ月もあるのに こんな気持ちで、夏休みを過ごすのは なんだかなぁ…と わたしが切なくなった。 8月も下旬になると、 「嫌だ!

公教育現場の片隅で夢中で読んだシュタイナー教育の本【思い出】

シュタイナーの学校が娘には 合っているという娘の習い事の 先生からの思わぬ提案。 その先生はひとりひとりの個性に 向き合いそっと寄り添ってくださる 舞踏の先生で 踊りはかたちではなく 『心』から生まれるものだと 教えてくださった先生だ。 娘が大好きな先生のひとり。 「自分の『嫌』という気持ちを ちゃんと表現できることは 素晴らしいこと」 ということにも気づかせてもらった。 ★舞踏の先生にもらった絵↓↓↓★ 図書館で借りてきた 「ミュンヘンの小学生」にカバーをかけ 学

はじめての児童精神科【思い出】

わたしが子育てで 大切にしていること。 ひとつは 自分の常識を過信しないこと。 未来を生きていく子どもに 過去の常識はあてはまらないと思う。 これからの未来を生きる娘だから 娘のことを不思議に思うことが たくさんあって、当然だ。 メルヘンの国の住人、コジコジや その仲間たちの言動は、 地球人のわたしにとってはナゾだらけ。 未来の地球の住人、娘も同じ。 わたしの過去の経験が役立つことが ゼロとは言わないが、なるべく過去の 常識には囚われないでいたい。 それから わ

なぜ?どうして?娘の不思議!!【思い出】

2017年11月初旬 2学期も折り返し。 お騒がせの運動会も無事?終わり 娘は朝から大泣きする事もなくなり 始業に間に合うように教室に入り 朝の会も参加できるようになった。 わたしが一緒にいる。 ココを除けばとても普通! 母と一緒に登校しているのは 校内見回しても娘だけだ。 だから、どうした! 母がいたら学校に行けるんだから それでいいじゃないか! と 思っていたはずなのに。 だんだんと寒くなる学校の廊下。 そこで何時間も過ごすのは 本当にとても辛かった。 娘も調

大きな安心とほんの小さなご褒美 苦手な学校に毎日通えるようにした工夫【思い出】

HSCの娘は 突発的な事 一気にたくさんのタスクをこなす が苦手だ。 だから 月の初めに、「ひと月の予定」を 書き込んだカレンダーを 娘とわたしで作成した。 それから 今日は「何をするか」を毎朝、紙に書き わたしが帰る時間 と 頑張る事をひとつ 娘と一緒に決めた。 頑張る事と言っても 「今日は泣かない」とか 「母さんは教室の中じゃなく 廊下にいても大丈夫」とか ハードルの低ーい事だ。 カレンダー作りと、朝、予定を紙に書く たったこれだけの事だけど 娘にとっては大きな安心

ついに!お弁当持参で一日中の付き添いが始まった!!【思い出】

9月1日。 学校にうまく通えない子どもたちに とって、いちばんイヤな日。 内閣府が発表した情報によると 過去40年間の18歳以下の自殺者数は 9月1日の夏休み明けに集中している という事だ。 小学1年の娘は、学校にうまく通う事が 出来なかった。彼女にとって 9月1日は、恐怖の日だ。 じいちゃんの家から自宅に戻った 8月6日頃から毎日のように 「あー、学校イヤだなぁ。」と 呪文のようにつぶやいていた。 夜は 「学校でイヤな目に遭う夢を見る。」 との事。 覚悟はしていた

HSC/ひといちばい敏感な子 の お手本みたいな我が娘【思い出】

2017年7月。当時まだ、HSCという 言葉は全然世の中に浸透していなかった。 今でも知らない人はたくさんだし 教育に関わる仕事の人でも 全く知らないということもある。 だけど、2019年の今は 書店に行けば、HSC/HSP関連の本を たくさん見ることができるように なったし、ネットの世界でもHSCで 検索すればいっぱい情報を 得られるようになった。 運命の本と出会って、まず やってみたのは 「HSCかどうかを知るための 23のチェックリスト」。 エイレン・N・アーロン

恐怖のプール授業を体験し運命的な本と出会う【思い出】

1学期の終業式まであと10日ほど。 相変わらず、朝は泣く 直接教室には入れない 2時間目あたりまで 母付き添いでないと授業が 受けられない。 の、娘ではあったが、、、 このスタイルでなんとなく 落ち着いて来たので あとは 時間が解決してくれるかな? と思っていたのだが 甘かった。。。 水が大好き、プールが大好きな娘は 大張り切りで、すごく楽しみに プール授業の初日を迎えた。 小学校のプール。 わたしは楽しい記憶が残っている。 「暑い日にプールに入れていいねー! 楽し

はじめての 父母子登校【思い出】

ある日、わたしがどうしても授業に 付き添ってあげることが出来なくて 夫が授業に付き添うことになった。 朝一で 「今日は母さん付き添えないから 代わりに父さんが一緒に行くね」と 伝えると。ものすごく不安そうで 今にも泣きそうな娘。 「学校までだけでいいから 授業の時はいなくていいから 母さんも来て欲しい」と娘が言うので 初めて、夫、わたし、娘で登校。 いつものコースで まずは保健室へと向かう。 それから、嫌がる娘を説得し なんとか教室へ連れて行った。 完全ワンオペ育

母子分離不安/ボシブンリフアン とはなんぞや【思い出】

小学1年生の1学期もそろそろ 終わりが見え始めた。 担任の先生、スクールカウンセラー との面談の中でたびたび耳にする ようになった 「母子分離不安/ボシブンリフアン」 初めて聞く言葉。 いったい、母子分離不安とはなんなのか? 当時、色々調べて分かったのは 娘は「母子分離不安」のちょうど 第1ステージにいるという事。 これからまだ先、第2、第3、第4と 続くという事。 ガーーン! まだまだ、初期段階なんだ! 4月から始まった小学校生活。 もう普通のお母さんの6年分以

娘と一緒に 35年振りに小学一年生の授業を受ける【思い出】

まずは保健室に行き しばらく娘と一緒に過ごしてから わたしは帰宅する。 ということを、しばらく続けていた。 が。 1ヶ月を過ぎた頃から また事態が悪化した。 保健室に行ったら、記入する 「来室カード」を「書かない!」 と、娘が言い出したのだ。 「カードを書き終わってしまうと 教室に行かないといけないから 書かない。」と、、、。 1ヶ月もすると 保健室の先生がそろそろ頑張って 直接、教室に行こうか! と仰るようになった。 なんとなく保健室での長居は しづらくなった。

母娘なかよく 毎日 保健室登校【思い出】

保健室登校の初日は 涙を見ることがなく これは、順調な滑り出し! しばらくしたら、保健室に 行かずに教室に入れるかも! と、期待を膨らませた。 が。 保健室登校2日目。 家を出る前から泣いている。 「今日も保健室に行くから 大丈夫だよ。」と、声をかけてみる。 「保健室に行ったって、 すぐに教室に行かされるもん。怖い」 と娘。 「怖い」。このワードにちょっと 引っかかった。「イヤ」ではなく 「怖い」。 教室=怖い と、娘は感じているとしたら 原因は何だろう? 保健室登校

保健室登校のはじまりはじまり〜!【思い出】

スクールカウンセラーの先生が 学校にいらっしゃると 知ったわたしは 早速、担任の先生を通じて 面談の予約を入れる。 どうやら、カウンセラーの先生は 都のカウンセラーと 区のカウンセラーが それぞれ、週に1日ずつ 来校されていると知る。 カウンセラールームの場所も 初めて知ることになる。 2017年5月下旬 都のカウンセラーと面談。 入学から今までの、約2ヶ月間の 娘の様子を聞いていただき 今後どうするか?を 話し合った。 結果 大泣きしたまま教室に入るのは 良くないの