ブラン氏の肖像 第四章「再会」
モンマルトルの丘から見晴らせるパリ全体の景色に感嘆とし、私は感動のあまり涙が出そうになるのをこらえながら、サクレ・クール寺院へと向かった。サクレ・クールとは「聖なる心臓」を意味する。かつての殉教者たちのためにこの丘に建てられたと言われている。
私はその聖堂に入った瞬間、なんとも言えない神秘的な空気に包まれていることを感じた。
天井には大きな教会画が描かれイエス・キリストが大きな手を広げて私たち訪問者を包みこんでくれているかのようであった。マリア様の像の前では人々が蝋燭を次々と手向け、神秘的な空気の中で蝋燭が神々しく燃えているのが印象的であった。
私は後ろの方の椅子に座り、天井に描かれているイエス・キリストを思って、こう願った。
「神よ、私は、あの時願ったことともう一度同じことを願います。どうかブラン氏に、ブラン氏の生きた証に出会わせてください。お願いします。」
そう祈ると、教会の蝋燭がブワっと一瞬燃えたのを感じた。
サクレ・クール大聖堂を出ると私は何か不思議な力に導かれるようにして、モンマルトル墓地へと向かった。モンマルトルといえばゴッホの住んでいた家があるのでも有名であのダリの美術館があるのも有名だ。
モンマルトル墓地はそのゴッホの家があった場所からそう遠くない場所に位置していた。
そうだ。そういえばブラン氏はモンマルトルのことを言っていたのであった。
私はそれを思い出し、半ば駆け足になって墓地へと向かったのであった。
雨が降る寒い春のことであった。
草に露が落ちる光景を見ながら私は墓地へと足を運んだ。
決意は異常なほどに固く、自分でも何だかわからない謎に満ちた気概があることを感じた。
まず、イニシャルのBを必死で探した。Bは見つかったが次のLに見当たるものがない。そのまま一時間ほど歩き回り必死で探した。
その時、犬が必死で私に向かって吠えているのに気付いた。
犬の飼い主は申し訳なさそうにしている。犬種はコーギーだろうか。
「ここらへんの人?」そうフランス語で聞かれたから
私は「いえ、フランスは初めてで。英語でもいいですか?」
その人は優しく微笑んで、「ええ。」と答えた。
私はその人に今の状況を説明してみようと思った。あまりにも異常に思えることであるが、この杖のかつての持ち主を探している、名前はブラン氏である、と。
女の人は興味深そうな視線を私に捧げた。
「何、持ってるの?杖かしら?それと写真…?」
私は恥ずかしくて一気に顔を赤らめた。
「いえ。えーっと。そうです。杖。あと、これは写真ではなくて絵なんです。肖像画で。」
女の人は不思議そうな面持ちでこちらを見ていた。
「絵なの?てっきり写真かと…そしてあなた、だれかを探しているようだけど…ここはお墓よ?」
そんなことを言って少し笑ったあとこちらに近づいてきて絵を見ようとした。
犬はまだ私に吠え続けている。
「ごめんなさいね。この子、落ち着きがなくて。あの、私でよければ、その人探し手伝わせてくれない?今、ちょうどお墓に花を手向けたところだから」
「そういえばお名前、なんとおっしゃるのですか?」
女の人はあ、そうだとばかりに笑ってこう答えた。
「マリーよ。マリアンヌ・ブラン、よろしく。あなたは?」
私は声を出すことができなかった。
次に続く