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新生活のきらめきとざわめき「Unpacking」: ゲームレビュー

「Unpacking」は、引越しの荷ほどきをテーマにしたパズルゲーム。描かれるのは、ある一人の人物の、何度にもわたる引越し。荷物を自由に配置しながら、顔も姿も見えない持ち主の人柄に思いを巡らせる。

アコギ風のゆったりしたBGMを聞きながら、ガサガサと音の鳴る段ボールを開くと、かつて自分が体験した、新しい生活を前に共存する高揚感と不安感が、フラッシュバックする。

トレーラー映像でビビッときたら、ぜひプレイしてほしい。

Unpacking、どんなゲーム?

オーストラリアのWitch Beam社による開発。日本語対応もしており、SwitchSteamで購入できる。クリアまでのプレイ時間は数時間と短いが、ふとしたときに戻ってきたくなる、そしていつまでもやっていたくなるゲームだ。

ここはあなたの家

パズルゲームとはいえ、食器はキッチンに、歯ブラシは洗面所にと、直観的に荷物を配置していくことでクリアできる(実績獲得のためには変わった配置も必要だが・・・)。ゲームが得意でない人にもおすすめだ。

むしろ、クリアには関係のない「こだわり」を楽しむのが、本ゲームの醍醐味だろう。お気に入りのTシャツだけたたまずにハンガーにかけたり、ベッドから手の届く位置に本やラジオを置いたり・・・趣味を全開にするも、生活動線を重視するも、すべてプレイヤーの自由だ。

荷物に含まれるポスターや漫画などから察するに、持ち主はたぶんオタク。収集癖のある人や、趣味に熱心な人は、共感しながらプレイできるはずだ。

これが禅…ってコト!?

「Unpacking」は開発元によると、「禅」パズルゲームらしい。

Unpacking is a zen puzzle game about the familiar experience of pulling possessions out of boxes and fitting them into a new home. Part block-fitting puzzle, part home decoration, you are invited to create a satisfying living space while learning clues about the life you’re unpacking.

Steamストア商品紹介ページより

禅に関する知識が皆無なのでちいかわになってしまったが、黙々と段ボールを開けて整理整頓していると、なるほど、確かに心が落ち着く。

小物の種類に合わせて、それぞれに違うSEがついているところも芸が細かい。「シュボッ」「パスッ」「ゴトッ」と、子気味良い「置く」音がする。

ラジカセやコンピュータをクリックすると、音楽が流れたり、映像が流れたりと、隠し要素もある。テレビの場合は、ちゃんとゲーム機をテレビの近くに置いておかないと、ゲームが起動されない。

見落としがないかと、何度もプレイしてしまう。少しずつ着実に生活が整っていく満足感と、少しの疲労感。これが禅・・・!

等身大の生活感

引越しの荷ほどきをするのだから、プライベートなものも当然目に入る。

このゲームのいいところのひとつは、女性用の下着やら生理用品やらが、はっきり描写されつつ、けしていやらしいものとしての扱いを受けていないところだ。そこに、顔は見えないが、一人の人間の生活を感じる。

荷物と部屋の様子を通じて、持ち主の人となりの一部として、持ち主のセクシュアリティがだんだんと分かってくる。その描き方がとても丁寧で、Safeな(安心でいられる)ゲーム体験だと感じた。

記憶を荷ほどきする

ゲームは一貫して、やわらかい2Dドット絵で表現される。しかし、引越しの度にガラリと変わる部屋の様子や、子供の趣味から仕事のものへと移り変わる荷物の内容には、妙なリアリティがあってどきりとさせられる。

ステージをクリアすると、部屋の写真を撮ることができるようになる。写真には一文が添えられるのだが、それ以外にナレーションなどはない。荷物と部屋にしか情報がないのだ。ポイント&クリックの単純操作にもかかわらず、想像力が刺激されて、つい記憶が紐解かれる。

子供部屋の王様

ストーリーは子供部屋から始まる。玩具や本を部屋いっぱいにせっせと配置していると、子供部屋をカスタムしては満足していた、自分の子供時代を思い出さずにはいられない。

私は絵本「バムとケロ」シリーズの、雑貨でいっぱいの家の中の描写に憧れたものだった。子供部屋の出窓の手前にある細いスペースに座布団とぬいぐるみを敷き詰めて、作中のベッドを再現するなどしていた。実際には狭すぎて子供でも寝れないのだが。

「バムとケロ」が好きな人はUnpackingもハマるはずだ。

あなた色に染まる

ゲーム中盤、荷物の持ち主はある人物と同居する。オタク趣味全開でちょっと散らかったシェアハウスを出て、同居人の趣味なのか、アーバンで小奇麗な部屋へ。

相手の荷物で既にいっぱいの部屋の隙間を、自分の荷物で埋めていく。大事なはずの自分の荷物が、隅っこに追いやられる。自分の机もなく、キッチンが作業場になる。

ゲームの解釈は分かれるだろうが、自分を持てず、恋人に染まった生活をしていたあの頃の自分が思い出されて苦しくなる。「もっと自分を大切にして・・・!」と、今では老婆心が顔を出す。

当時は当時で全力で生きていたはずだから、そんな余計なお世話を聞く耳も持たなかっただろうけど。

ノスタルジーに包まれて

昔と変わらず、だが次第に古ぼけていく荷物が登場する度に、よほど愛着があるらしい、とつい口元が緩んでしまう。ふとゲーム画面から目を離し、自分の部屋を見渡したりして、自分にそうした子供のころからの持ち物がないことに寂しさを覚えたりする。

電子機器が、引越しを経るにつれてアップグレードされていくのも良い。最初はゲームボーイだったものがゲームキューブになったり、旧式のコンピューターが最新のものになったりする。

ゲームキューブを知らず、どこに置くべきか分からないというユーザのコメントに、ジェネレーションギャップ(死)を感じることもできる(下記記事参照)。

「あなたの暮らしを荷ほどきしよう」

期待に胸膨らませて新天地に引越したこともあれば、悲しいことがあった部屋から逃げるように引越したことも、味気なく狭いくせにバカ高い外国の寮に一人ぶちこまれたこともある。

Unpackingは、そうした日々を思い出させてくれる。ふと部屋を見渡すと、あの頃の荷物があちらこちらに散らばっている。辛い日々は辛いままだが、少し落ち着いた心で見られるようになった。

今日、ささやかな二人暮らしをしている。Unpackingには「二人の荷物が噛み合いだす」という表現が出てくるのだが、部屋に放置したままの段ボールを見ると、私たちにはまだまだ時間がかかりそうだ。一方、共有の荷物が増えて生活が整うたびに、「共に暮らす」ということを意識する。

「ここにきちんとしまって!」という私の日々の要求は、夫の大事なものを棄損していないだろうか、などと考える。床に脱いだままのズボンが置いてあったらいけないと、いったいだれが決めたのだろう。

物は口ほどにモノを言う、そんなことを教えてくれたゲーム体験だった。

おわりに

たまたま目にした絵柄に惹かれてデモ版をプレイした私は、あっという間に心を奪われ、正式リリースを心待ちにしていた。リリースからしばらくたち、今や日本語圏でも大手のYoutuberが配信をしているほど人気のゲームだ。

ただこのゲームの魅力は、自分で手を動かしてこそ感じられるものだと思う。ぜひ自分の手で味わい尽くしてほしい。(特に女性用品やセクシュアリティの部分を、ノイズなくプレイできる配信者は少ないだろう。)

とっても素敵な紹介記事があったので、最後に紹介する。Unpackingでは、荷物と部屋の様子を通じて、持ち主の人となりが断片的に伝えられる。この「断片さ」を見事に表現した記事だと思う。

ひとつの荷物から与えられる情報は断片的だが、本作はそのカケラを集合させて、丁寧に人間を描いている。以下の記事は結構ネタバレがあるので個人的にはプレイ後に読んでいただきたいのだが、うんうんと頷きながら読んだレビュー。エンディングには同じような疑問を抱いた。伝わりづらいことを伝えようとすると、伝わりやすい表象に近づかざるをを得ないのだろうか。

https://wezz-y.com/archives/94819


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