話相手くらいならいつでも

この人には、話をする相手がいないのだろうな
特売品を狙って開店前から並んだスーパーで、
私の前にいたおばさんは、見ず知らずの私に
ひっきりなしに喋りかけてくる
にこやかに対応する私はといえば
別にお優しい聖人君主というわけでも何でもなく
ただスナックでバイトしているせいで
他人の愚痴を聞くというスキルに長けているだけの話だ
だがいつもどんなにつまらない話にでも付き合ってやるのは
客の顔が諭吉に「見えているからに他ならず
ボランティアで、これは、正直申しまして、ちょっとキツい
私の時給は1800円だから、いくら特売品をゲットできたとしても
このおばさんの長話のお相手料を加味すると
全くもってお買い得でも何でもなくなることよなぁと
心の中で苦笑した
私も、既に若い娘ではないけれど、老人の孤独を理解する境地には
未だ達してはいない
髪の生え際、というか頭の上半分くらい、白髪染めを怠っているせいで
ぼさぼさの死んだ髪を否応なく、背の高い私は見下ろしてしまうから
何だか気まずくなって、目をそらした
喋りたいなら、喋りたいだけ、喋ればいい
もう、二度と会うこともない人にかける情けは
天国で生ビールが一杯無料になる程度の徳には化けるだろう
若者でもない、老人でもない私に、今、できること
今しか、できないこと
それは、ちょっとお人好しでいることに、尽きるのではないだろうか
優しくて涙もろい夫に、日々もらっている幸せを
独占しようと企んだ瞬間、それが幸せでなくなることくらいは知っている
わけっこ、しましょう
綺麗ごとと諭吉を半々で割ったカクテルで、常にちょっと酔っ払いながら
生きていくのが私のモットーなのだから
スーパーはやっと開店して、おばさんは一目散に店内へ駈け込んで行き
どうやらお目当てらしい店員を捕まえると、彼に逃げる隙を与えないほど
マシンガントークを繰り広げていた
ご愁傷さま
でも、スーパーの店員の業務内容外ではあるとはいえ
もうちょっと愛想よく話を聞いてあげてもいいんじゃないかしら
その人はね、ただ、寂しいだけなのよ
解放された安堵感に加え、いつの間にかおばさんの味方になってる自分が
可笑しくて、このまま一生聞き役なのかと思うと
ぞっとしなくもないけれど、悪くもないなって気にもなるのでした

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