見えない遺産

淡いピンクのバラを買った
貯金は笑えるほどの額だというのに
それでも花は買わずにはいられない
臆病者で卑屈な私の中にも
譲れないものがあるのだ
来週美容院の予約を入れてしまったから
生活はより一層困窮するだろう
それでも目に浮かぶ光景がある
髪を切って綺麗にしてもらった後で
浮かれた気分のまま花を抱えて帰る自分が
昔家に広い庭があった
季節ごとに様々な花が咲き乱れていた
おばあちゃんが花が好きで
しょっちゅう一緒に庭に出て
真似事ながら手入れを手伝った
このお花の名前はね
こっちのお花は実がなるのよ
おばあちゃんとそうして過ごした時間が
今の私を形作ってるのかもしれない
紫蘇に茗荷に山椒なんかも生えてて
薬味を買う習慣がなかった
おばあちゃんが亡くなった時
私はうつ病が酷くて葬儀に参列できなかった
お棺にお花をいっぱいいっぱい
詰めてあげたかったのに
おばあちゃんの好きな花なら
私が一番よく知ってるのに
天国の花園でおばあちゃんはまた手入れをしてるんだろう
天使たちが私たちがやりますからと言っても
おばあちゃんは真面目だし好きでやってるんだろうから
鬱が軽い時菊なんかじゃなく目一杯華やかな花を抱えて
お墓参りに行く
おばあちゃんの好きなお花持ってきたよ
貯金は笑える額だけど
死にかけの病人の中にも
譲れないものがある
また一緒に庭いじりしたいね
天国のお花畑は広すぎて大変だろうけど
あなたが遺してくれたもの
がっしりと引き継いでます
私の影響で旦那さんもお花を飾るようになったんだよ
おばあちゃんが使ってた花瓶がとても気に入ったらしくて
使わせていただいています
優しい声が蘇る
このお花は実がなるのよ
そうしたら小鳥たちが食べに来るから
驚かせないようにそっとお裾分けしましょうね
ねえおばあちゃん
私は今日も花を飾ってるよ
見守ってくれてるかな
また会いに行くからね
見えない遺産をありがとう

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