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私には、私がいる
大好きな人や、大切にしたい人を前にすると、関係を長持ちさせたいがために、本音を言えなくなることってあるのだと思います。
特に、相手の気持ちや表情を察したり汲み取ったりしてしまう人ほど。
でも、自分の意見や本音を言えなかったら、その人とのご縁はいつか消えてしまいます。
そもそも、自分の悩みや正直な想いを言って、拒否したり、去る人ならば、それはあなたと一緒にいる権利がない人です。
これに気づくまで、相当時間がかかりました。
しかし、とある日をきっかけに、自分の中に揺るぎない自信を持ったのを覚えています。
それは母と向かい合わせで座って話している時のこと。
またいつもの、母の相談や心配や泣き言を聞き、それで私の意見を言うと今度は私のことを責めはじめるパターン。しまいには人格否定するという繰り返し。それでもこの時、私は泣かず、黙らず、母の目をまっすぐ見て、自分の意見や想いを淡々と主張し続け、私の人格を否定しないで、全て私のせいにしないで、ということを初めて言えた時のこと。
母は鬼のような顔で私を睨み返し、さらに攻撃してきました。それでも、私は初めて自分の本音や、長年気づかなかったことに気づいてそれを言語化し、母に直接伝えることができたことを、自分で自分を誇りに思いました。
そしてこの時、感じました。
1番好きで、離れていってしまったら怖い、と思う人に立ち向かう勇気があるなら、社会で出会う友人やパートナー、上司などにもきっと、何があっても、自分の想いを怖がらずに伝えていける。
トラブルや災難があって突然持っていたお金をほぼなくし、バイト生活に戻ったり、元々貧しい暮らしをしていた人が登り詰めても怖いことはないってよくいうのは、例え明日全てを無くしても、またあの生活をすればいいんだ、それでも自分は生き延びれるし、またこうやってコツコツ積み上げればいいって知っているから。
というのと、似ているのだと思います。
母はとても良いところのお嬢様だったし、学業も結婚もほとんどスムーズで、挫折という挫折をしたことがないから、きっと私の気持ちが分からなかったり、寄り添えなかったりするのでしょう。
そう思うと、失敗や挫折の数ほど人の痛みがわかり、人に寄り添える人になれるのだから、悪いことばかりじゃないよね。
親も友人もパートナーも上司も、みんな自分とは違う考えや生い立ちをもった「個」だから全てを分かってくれるわけじゃない。いつまでもずっとそばにいれるわけじゃない。成功をとある日に手渡してくれるわけじゃない。例え大好きなこの人が、去っていっても、私には私がいる。大丈夫。
自分が自分の手で人生を少しずつ、少しずつ積み上げていくしかない。遠回りに見えたその道は、実は最良の道なのかもしれない。泣いて落ち込んでも、代わりにやってくれる人はいない。だから自分を大切にして、ゆっくり一歩ずつ踏み締めていく。その一歩はその後の人生、終わる日まで、自分の根底に静かな揺るぎない自信をもたらしてくれて、それが本当の意味での「自立」なのだと思います。
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