数学を知らない少女

これはフィクションであり、オチがないお話である。

珈琲を飲む青年が店の奥で机に向かっていた。
彼だけが異邦であった。
切り離された世界にいた。
ぎこちなく会話を弾ませるカップルや
ゴシップネタを飛ばし合う大人達の中で
やはり彼は異邦であった。
暑い夏の日の大気とアスファルトに歪められた視界のように。
「ねぇー、ねぇー、お兄ちゃん。何やってるのー。」
少女は尋ねた。
フリフリのついたワンピースを着た彼女と
白いワイシャツに黒眼鏡の彼との構図はどこか可笑しい。
「え。あー、数学をしています。」
彼はペンを置き、寝癖のついた細かい髪をくしゃくしゃと掻きながら答えた。
「数学ってなーに。」
彼女は再び尋ねた。
彼は言葉を探す。
私は遂に耐えられなくなり笑い出した。

 
おしまい。

本を買います。