「能LIFE Online」から「ゆたかさ」へ


能と社会の次世代プラットフォームが開始

この記事を読んで惹かれたのは、次の一文。

「能LIFE Online」は、ストレスフルな今こそ、受け継がれてきた“能”という自分磨きのプロセスで、心を鎮めて“自分自身を見つめる時間”を提供する能専門のプラットフォームです。

能 = 自分磨きのプロセスだというのがちょっと意外でした。

今まで観劇したお能の公演はそんなに多くはないし、専門的な知識があるわけではないけれど、鑑賞の時間が "自分自身を見つめる時間" にはなってなかったような気がしたからです。

" 能 "の自分磨きのプロセスってなんだろう。

心を鎮めるための " 自分自身を見つめる時間 " は、" 能 " のどんな所からくるんだろう。


自分自身を見つめる時間

以前、伝統芸能と仏教について調べていた時に釈徹宗さんのインタビュー記事に出会いました。


この記事の中で、お能と仏教の関係が簡潔にまとめられています。

東日本大震災と「祈り」に関連したインタビュー記事ですが、素晴らしい内容なので、ぜひぜひ一読してみてください。

さて、その中でも今回引用したいのはこの部分です。

能も宗教儀礼も「様式」で構築されています。様式というのは基本的に理屈で割り切れないですから、堅苦しくても仕方ない面もあります。現代人は不合理な事態にながく身をおくことが苦手で、儀礼が苦手になっています。でも宗教儀礼や伝統芸能の場に身をおくことはとても大切です。なぜならこれらは大きなつながりを実感したり、内在的な時間を延ばしてくれる装置だからです。萎縮した時間の中でイライラしている現代人にとって、内在した時間を延ばしていくことは重要なテーマだと思います。


お能は内在的な時間を延ばしてくれる装置

内在的な時間ってなんのことでしょうか。別の対談記事の中で、釈徹宗さん自身が詳しく語っています。

釈:考えてみたらですね、現代はかつて何日もかかった場所まで2時間ぐらいで行けるでしょう? 昔だと、お風呂たくのにも2時間ぐらいかかったんですよ。でも、今はスイッチ押したらできるわけで、現代人は昔よりもずっと時間が余って然るべきじゃないですか。今まで3日ぐらいかかった計算を一瞬でできたりするわけですから、時間いっぱい余るはずなのに明らかに昔より忙しいじゃないですか。
釈:つまり、外部の時間をいくら余らせても、内在の時間が縮んでいたら、感覚的には忙しいし、イライラするんですよね。だからその内在の時間をどう延ばすかが、現代人の課題なんじゃないかと思うんです。そうしないと、ものすごく不寛容な許せない社会にどんどんなっていってしまう。


お能の鑑賞が、現代に生きる私たちの時間感覚をゆるやかにしてくれる。ということなのでしょう。

確かに、お能の作品鑑賞にはミュージカルのような目まぐるしい展開や過剰な装飾のようなものはありません。

それは、宗教儀礼式であっても同じように語れるような気がします。

粛々と進む舞台や法要の有様。

その非日常の中に自分をおき、普段よりも丁寧に一挙手一投足へ目線を配ってみたり、あらためて故人の方へ想いをはせてみる。

そんな空間の中で、削ぎ落とされた目の前のものに意識を向ける時間は、まさに心を鎮め「ゆるやか」にするための "自分自身を見つめる時間" と繋がるのかもしれません。


思い返してみれば、お能を観劇し終わった時の私は、いつも「観に来てよかった」と満足していました。

それは、「作品を完璧に理解できた!」とか「シナリオがよかった!」というような部分で満足したのではなく、舞台上での仕草や舞を純粋に「綺麗だな」とか「すごいな」と感動したからなのだと思います。

そのように素直に心を動かされたのも、お能の作品と向き合う中で心持ちがゆるやかになり、いつもなら気にもとめない僅かな仕草に心を配れたからなのではないでしょうか。

そんな風に"自分自身を見つめる時間" を通じて作品の世界に浸ることができるのも、お能の魅力のひとつなのだと思います。


「能LIFE Online」から「ゆたかさ」へ

冒頭の「能LIFE Online」に戻ります。知識不足や情報不足のため、"能 "の自分磨きのプロセスが具体的に何を指すものなのかはわかりませんでした

しかし、今回の「能LIFE Online」を通じて得られるワクワク感は、ニュース記事を見かけただけなのにnoteを書いてしまうくらい、私にとって興味をひくものでした。

なぜならそれが、ポストコロナの時代にあっても色褪せない「ゆたかさ」のヒントにもなり得るものだと感じたからです。

「能LIFE Online」は次のようなサービスを展開する予定のようです。

本プラットフォームでは動画配信、公演情報、稽古体験、チケット購入、コミュニティの全てを一括で行うことができ、「観たい」「知りたい」「つながりたい」という能に関わるすべての行動を簡単に実現できます。これにより、従来大変であった“能との出会い”がバリアフリーになり、初めての方でも簡単に能の楽しさを知ることができると共に、愛好者の方はさらに知識を得たり情報を共有したりすることで、 “能”をより一層深めることができます。また、公演チケットは動画視聴への切り替えも可能なため、withコロナ/ポストコロナ時代にも安心して能楽公演を鑑賞いただけます。

これは、お能という「自分自身を見つめる時間を大切にする」文化が中心となって、人が集まり、知識を交換し、魅力が伝わりつながっていくことのできるサービスのように思うのです。


「自分自身を見つめる時間を大切にする」こと。

もしもこの輪がつながり、広がっていくことができたなら。先のインタビュー記事の中で釈徹宗さんが語っているような、現代人の抱えるイライラや辛抱できない時間を減らすことができるのではないでしょうか。

長い時間の流れのなかで生きてると、ちょっとしたデコボコも何とか引き受けられるんですけど、こんなふうにきちきちした時間に生きてると、もうニキビみたいなささいなことでも辛抱できなかったり、イライラするんですよね。

昔も、今も。そして未来も。

時間の進み方は変わりません。ただ、私たちの過ごし方が違うだけです。

「自分自身を見つめる時間」を自分だけが大切にするのではなく、お互いがその時間を大切に尊重しあうことが、昔も今も変わらぬ「ゆたかさ」をあらわすための一助になるのだと思います。

6月から開始される「能LIFE Online」が、そんな素敵なサービスであることを願ってやみません。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?