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あの映画はやがて僕の嫌いになる

 彼女と出会ったのは中学三年になった最初の教室。転校してきた彼女、咲希は、自己紹介で僕の大好きなある映画のタイトルを口にしていた。

 その映画は、一組の若い男女の恋愛模様を描いた作品だった。
 僕と咲希は、たまたま座席が隣同士だったのもあり、共通の話題であるその映画をきっかけに仲良くなっていった。

 しかし僕達は受験シーズン。家や図書館で一緒に勉強する毎日を過ごす内に、お互いを異性として意識し始めるようになっていた。

 それから半年が経ったある日、今度は僕が転校する番になってしまった。理由は父親の転勤。仕方がなかった。確かあの映画でもこういう展開だったっけ?

「咲希……今度は僕が行く番みたい」

 僕は目尻を滲ませながら、皆が帰った後の教室で彼女に伝えた。

「そう……でも、また会えるよね? また君に会えるよね? あの映画みたいに」

 咲希は僕から目をそらして涙声になりながらも、希望は捨てなかった。
 僕達を繋ぎあわせたあの映画。映画では、転校して離れていった二人が十年後に再会して結ばれる。簡単に前半部分の内容を説明すればそんな感じ。特に捻りもなにもない純愛物。だけどそれがまだ若かった僕達には新鮮に映った。

「どうする? あの映画みたいに十年後、夜桜が舞う中で感動の再会でも果たすかい?」

 僕は半分冗談だった。あの映画は好きだけど、十年は長すぎる。

「……うん。良いよ。だけど十年は長いかな? そんなに待てないよ」
「そうだよね。僕も待てそうにないけれど、そう簡単じゃないんだよ」
「どういうこと?」

 咲希は意外そうな顔をしていた。そうだよね。転校するだけなんだから、会おうと思えばすぐに会えると思うよね。

「ごめんまだ転校先言ってなかったよね……実はアメリカの学校なんだ」
 僕が受験を控えているのにも拘わらず、単身赴任にしなかったのは赴任先がアメリカだったからだ。アメリカに行ってしまえば、そうそう戻っては来れない。

「じゃあさ、十年は長いから半分の五年後、五年後に夜桜の舞うこの校門で待ち合わせをしよう。実はあの映画、後半はあんまり好きじゃないんだ」
 
 僕はそう提案した。映画の前半だけなら、二人は見事に再会して終われるから……その願いを込めて、五年後の春。夜桜の舞う校門で……。

「……うん。分かった。約束だよ? 絶対日本に帰って来てよ?」
「約束する。絶対に戻ってくるから」

 僕達はそう言って校門を通りすぎた。僕はゆっくりと振り返って、約束の校門を目に焼き付ける。今日でお別れだ。この学校とも、彼女とも。

 あれから五年が経った。僕は今、あの懐かしい校門の前に立っている。時刻は深夜0時、夜桜が華麗に舞い、飛び散った桜の花弁が視界を桃色に染め上げる。

 アメリカに渡ってからも、僕達はメールや電話をしたりして、ずっと関係を保っていた。絶対にあの日の約束を果たそうと、互いに支えあって生きてきた。僕達を結びつけたあの映画に運命を感じて、それの展開をなぞらえた。
 しかし、一年前から徐々に彼女と連絡が取れなくなっていた。

「だから僕は、あの映画の後半が嫌いなんだ」

 僕は夜桜が舞う校門で一人、そう呟いた。いくらあの映画が僕達を結びつけたからって、いくら好きだからって、結末まで同じにしなくたっていいじゃないか!

 残念ながら彼女は一年前から病に罹っており、ちょうど一ヶ月前に帰らぬ人となっていた。
 それを伝え聞いた当時の僕は、頭が真っ白になって体が震え、やがて渇いた笑い声を発していた。

 それでも僕がここに一人で来たのは、何かの奇跡を願う気持ち半分と、自分自身へのけじめだ。そうしなくてはいけない気持ちと、約束を守ればもしかしたらというあり得ない願い。

 この気持ちをなんと表現すればいいのだろう? 勿論悲しいし、寂しいし、辛い。だけどそれだけでは言い表せないこの気持ちに、何て名前をつけよう……。

 映画の最後には、十年ぶりに再会したヒロインが病気で死んでしまう。
 だけど僕達はその再会すら叶わなかった。あの映画よりも酷い話だと思う。

 ところで、あの映画のタイトルはなんだっただろうか……。

 夜桜の舞う校門で祈りを捧げている最中に、そのタイトルが突然頭に浮かんできた。なにもこんなタイミングで思い出さなくたって良いのに……。

 映画のタイトルは……「空虚な約束」

 僕の内面を投影したかのように、夜桜が街灯に照らされて激しく舞う中、僕は泣きながら笑い、約束の地を後にする。
 深夜の帰り道、薄暗い月明かりのもと、携帯に入っている「空虚な約束」を消した。

「もう僕がこの映画を見ることはない」

 僕が一言漏らしたその声は、寂しげに震えていた。
 

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