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2024年3月の日記~「カトリーヌ・ドヌーヴさんがうちにやって来た」号~

3月*日
スキーに捧げる毎日が続いている。少しでも上手くなりたいと指導を受けていると、先生が「なぜ出来ないのかが分からない」と困っているように見えることがある。
幼少期よりスキーに親しんできた先生は、気付いたらできていたから「なぜできたのかと」「できない人の気持ち」が本当のところでは分からないという。そういう意味では、できなかったところから練習や訓練を重ねて「できるようになった人」の方が教えるのは上手いかもしれない。でも先生の滑りは圧倒的で「ああなりたい」と思う人に師事する喜びというものがって、悩ましいところである。
同じようなことが、スポーツ以外にもあらゆるところにあると思う。私の場合で言えば、経営はなんとなくできた。相性が良かったのか、それなりに努力はしたのだろうが、それほど難しいと思ったこともなく、事業を問わず、今も後輩企業の顧問なんかもしている。
ところが、アソブロックの子会社社長やアソブロックから独立した社長を見渡すと、案外躓く後輩も多い。それを見て、「なぜできないのかなあ」「そりゃそうなるに決まっているじゃないか」と思ってしまうのは、スキーの先生と同じ構造だろう。
我がスキーの先生は、そのような生徒たちを前に、最終的に立ち返るべきは「基本」だと思い、とにかく基本練習が多いのがレッスンの特徴となっている。でもぼくは、経営の基本を自分なりに伝えられる形で棚卸できているかというと、はなはだ怪しい。立ち返るべきは基本。自分が至ることができた(と思える)境地で、改めて基本として整理して伝えられる形にする仕事は、とても高級だと思う。

3月*日
ねこの殺処分ゼロを目指す社会企業・ねこから目線の経営に拍車がかかっている。
拠点が大阪、京都、福岡、沖縄の4か所に増え、志を共にするメンバーも20名近くになった。みな猫をこよなく愛していて、ビジョン・ミッションへの共鳴度が非常に高い。社会企業の興り方としては理想形だと思うけれど、もともとボランティアベースで動いていたものを会社にしたので、財布の中身は常に心許ない。
一人でも多くの人に助けてもらいたいと、企画書をつくり、ネスレ日本にお願いに出掛けた。ネスレはペットフードの事業を長くされているので、事業メリットも見い出してもらえるのではないかと考えたからだ。
そこで聞いた話の中で「なるほど」と思ったのは、収益性みたいなことではなかった。相手をしてくれた部長が話してくれたのは「一度応援すると決めたら応援は止めないので、その意味で精査に時間もかけるし、とりあえず応援して欲しいというものへの参加は悩ましい」というもの。
この話を、後日関西電力の投資部門の知り合いにしたところ、「それが投資の基本姿勢そのものであり、上手く行かない時にどう応援できるかを考えるのが投資家の役割。短期収支を求めたり、困難状況からいち早く逃げ出そうとしたりする姿勢は真の投資のそれではない」という話をしてくれた。レガシーには、やはりそれなりの理由がある。

3月*日
自宅近くに美容室というよりは理容室に近いカットハウスができた。
一度行ってみようと、散歩がてらフラリと出掛けた。20分ほど歩いてドアを開けると予約の有無を聞かれた。「待ちますよ」と言ったのだが、その日は予約でいっぱいらしく、諦めて帰路についた。
仕事はアポだらけだけど、普段の生活には極力「予約」を入れたくないと思っている。そんな中「街外れの理容室までが予約か」と思ってしまう。これはまったく個人の見解だけれど、予約をすると、「行きたい店」や「行きたい場所」が「行かなければいけない店」や「行かなければいけない場所」になる気がして、多くの場合、行く気が失せる。予約した時が一番行きたいときで、当日になると、面倒になることが多い。
「仕事終わりの一杯」なんかも、前々に決めた会食は、結構な確率で当日面倒になる。残念ながら、その日が心待ちになるような友人は多くない。道でばったり再開したとか、たまたま遅くまで仕事をしていた仲間と、などと思い付きのように行った先での一杯ほど格別なものはない。二度とない貴重な時間を共有できている気がして、とても嬉しい。
人生の楽しみは偶発性にあると思うんだけど、予約社会は大変だなあ。

3月*日
出版社ホンブロックには「ホンブロックラ部」という支援組織があり、その支援会員さん向けにメルマガを発行している。そのメルマガにメンバーの柴崎が書いたコラムが興味深かった。
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父と母が別居し始めて以来、叔母と母の間で板挟みの状態が続いている。
2月の初め頃、久しぶりに叔母から留守電が入った。連絡を取りたいので、母が住む家の住所を教えてほしいという内容だった。母の連絡先を聞かれるのは、これが初めてではない。電話で折り返すと話が長引くだろうと思い、返事は絵葉書を使って手紙を書いた(絵葉書を送るのはこれが人生で初めてだった)。
一週間ほど経った頃、叔母から電話があった。「夫婦は何事も協力し乗り越えていくものだ」「子どもたちが結婚するまで離婚はあり得ない」といった内容で、母に伝えてほしいとのことだった。母は実家に戻ることは考えていないので、頑なに叔母とは連絡を取らない。状況的に仕方がないと分かってはいても、終わりの見えないやり取りに、毎度気が滅入る。
親世代の問題に巻き込まないでほしいと思うのは、自分が冷たいからなのだろうか。(柴崎真直)
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「自分が冷たいからだろうか」と書いているのは、たぶん彼なりの年長者に向けた配慮。団士郎さんの家族理解ワークショップで繰り返し「境界」について学んでいる柴崎は、起こっている事態に動揺することなく、良い意味で客観視ができている。家族を学ぶ意義はまさにここにあって、色々起こるのが家族だとすると、何が起きても冷静に対処できる自分を育てておくのが「学ぶ」ということなのだと私は思う。このコラムを書けた柴崎にいくらかの成長を感じ、ちょっと嬉しくなった。
(ホンブロックラ部に興味を持ってくださった方はコチラをご覧ください)

3月*日
仕事で関係を持つことになったことをきっかけに、ラグビーのプロリーグ「リーグワン」にはまっている。贔屓はリコーが母体である「ブラックラムズ東京(通称ラムズ)」。東京の世田谷区をホームタウンにしている。
そんなラムズは、目下最下位争いの真っ只中。入れ替え戦から抜け出すのが今シーズンの目標だ。一緒に応援する仲間たちと、ホームゲームは現地観戦、アウェイゲームはテレビ観戦する。1シーズン16試合しかないので、コンプリートは難しいものではない。
ラムズは決して弱いチームではない。最下位争いはしているが、ほかの低迷チームに比べて得失点差は悪くなく、強豪相手にあと一歩の試合を今シーズンも何回もしている。だから応援している立場からすると余計に歯痒い。
試合を一緒に観る仲間たちとの口癖が「そういうとこ!」。ここぞ!のラインアウトでボールを奪取されてしまったり、ここが決まれば流れが変わるペナルティキックを外してしまったり、「そういうとこ!」と叫びたくなるシーンがあまりに多い。
それを観ながらいつも「できる・できない」の差って、ホントに微々たるものなんだろうと思っている。以前うちで働いていたメンバーで「ここぞ」のプレゼンに必ず落ちる人がいた。よく頑張るし、センスも悪くないのだけれど、ここぞ!が決まらない。その結果、いま一つ周囲の評価も上がらない。
「ちょっとは大きい」を地で行くラムズの試合を観ながら、何をどうコーチすれば変わるのかと、頼まれもしないのに考えている。

3月*日
撮影スタジオをひとつ持っている。
場所は隅田川沿いで、厩橋(うまやばし)のたもと。窓からはスカイツリーが実によく見える。映画撮影によく使われるその場所は「salvia cobaco」という。
色々と可能性を考えた末に「スタジオをやってみよう」と決めた時は、まさかこんなに使ってもらえるとは思わなかった、神木隆之介くんが主演した「三月のライオン」の主人公・桐山零の部屋になったり、瀬尾まいこさん原作「そして、バトンは渡された」で使われたり、村西とおるさんの「全裸監督」で使われたり。映画のロケ地としては知る人ぞ知る場所になってきて、エンドロールの撮影協力に目を凝らしてもらうと、結構うちの名前が出ていたりする。
監督に選ばれるポイントは、窓越しにサラっと撮るだけで、そこが「東京の墨田川沿いの小さな部屋」だと分かること。パッと見で誰もが東京だと分かるのは、貴重なのだと思う。
そんなスタジオに、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴがやって来ることになった。何度かのロケハンを経て正式決定した後は、ロケーションコーディネーターと呼ばれる専門の方が、ドヌーヴのあらゆるリクエスト(撮影時間の縛りやホテルまでの距離、移動方法、食事など色々ある)に応えるべく、疲労困憊しながら準備を重ねておられた。
果たして当日、大女優は優雅に現れ、いくつかの撮影を軽やかにこなし帰っていった。スタジオの1Fで店舗営業しているsalviaの靴下にも興味を持ってくれて「後で買いに来るわ」と言ってくれた。残念ながらその後は時間がなく実購入には至らなかったのだが、そこは我らが優秀なスタッフたち、「ドヌーヴさんが大変気に入られていたので」と言葉を添えて、厳選した何足かをプレゼントしたらしい。
というわけで、もしドヌーヴさんがインタビューなどで可愛い靴下を履いていたら、それはsalviaの「ふんわりくつした」かもしれません、ご注目を。