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日記番外編4~やんちゃなショートケーキの話~

先日、京都に里帰りした折りに、
久々に母バイトへ行きました。
母校ならぬ、「ぼ・ばいと」です。

そこは四条河原町という交差点にある、駐車場。
僕はそこで、実に3年間、アルバイトをしていました。
大学2年から4年までです。

あまりアルバイトをコロコロ変える方ではなく、
並行してガソリンスタンドを、これも3年間、続けました。

特に車が好きなわけでもないのに、ともに車バイトだったので、
全盛期は、夜間、遠くからヘッドライトを見ただけで
ほとんどの車種を判別できるという、当時も今も、
まったく役に立たない特技を身につけました。

母バイト先を歩くと、当時の記憶が湧きあがってきます。
あそこにベンツをぶつけたなあ~とか、
あそこでBMWのシートに珈琲こぼしたなあ~とか、
ロクでもないことしか思い出しません。

しかし、何よりも強烈だったのは、ケーキにまつわる思い出です。

実はこの駐車場、オーナー会社が、ちょっとやんちゃ系でした。
オーナー会社の社員さんは、駐車場に車を停め放題ですから、
営業車でたびたびやって来られます。

駐車台数100台を超える大パーキングなのですが、
社員さんたちが車を置くのは、駐車場の中でも特に利便がいい一等地。
常に「予約」の赤いコーンを置き、キープされていました。
お客さんを差し置くあたりも、やんちゃを感じさせる所以です。

当時の仕事は、誘導もありましたが、
主に料金所での精算仕事でした。
黙々と計算をして、お代をいただいていると、
社員さん達は基本的にみないい人たちなので、
アルバイトに一声掛けてくれました。

「おい、がんばっとるか」
「どや、暇か?」
「そんなとこずーっと座っとらんと、もっと遊びに行かんかい!」

遊びに行くためにアルバイトをしているのですが、
そのあたりは、多少の混乱もされているのでしょう。

激励の仕方は人それぞれですが、
基本的にみな、本当にいい人たちでした。
そして、中でも特に強面のAさんは、特別優しい人でした。
いつも、激励の言葉に続き、

「ほら、これ、食え!」

と言って、ケーキをくれました。
アルバイトからしたら「神(かみ)」ですよね。
ところが、このケーキが曲者だったのです。

「ありがとーございまーす」

とシフトに入る2人、ないしは3人で、
やや大きめのケーキBOXを受け取ると、
Aさんは、場長と話があるのか、社員控え室に消えていきます。
その顔は「腹をすかせたバイトどもにケーキをご馳走してやった」
ことで、大変に晴れやかです。

Aさんが見えなくなると、僕たちはさっそく箱をあけます。
というか、あけなければならないのです。
おそるおそる、少しづつ、控え目に。
しかし結果はいつも同じ。
ショートケーキが10個、入っています。

アルバイトは2人、多くて3人です。
大変なのはここからで、
Aさんが駐車場を後にするまでに全部食べきらないと、
途端にAさんの機嫌が悪くなるのです。

これは経験で覚えました。
ある日、僕はシフトに入っていなかったのですが、
まだAさんが来訪初期の頃、各自1個づつ食べて
「残りは後で」と冷蔵庫に保管していたことがあったそうです。

すると帰り際、冷蔵庫にあるショートケーキを見つけたAさんは
「なんや、オレのショートケーキが食べられへんのか?」
と、まるで金剛力士像のような顔で詰め寄ってきたというのです。

「いえ、後でいただこうと思って」
と極めて真っ当な受け答えをしたにもかかわらず、
Aさんは「人からもらったものを残すとは、行儀が良くない!」
と説教モードに突入し、あやうく殴られかけたというのです。

その日以来、アルバイトたちで共有していたノートには
「Aさんからいただくケーキはすぐその場で食べ、
 お帰りの際に、美味しかったです。ありがとうございます!
 と空箱を見せながら笑顔で伝えること」
と書き込まれました。

仮にアルバイトがふたりだったとしましょう。
ノルマはひとり5個です。
Aさんが社員控え室で休憩をされるのは、短くて15分、長くて30分。

つまり、3分に1個のペースでショートケーキを食べないと
もれなく殴られるのです。
こんな理不尽なことがありましょうか。

しかし、これも時給のうち。
お互いを励まし合いながら、男女関係なく、
平等に、ある意味ノルマをこなしていました。
二日酔いにも負けない胸やけを代償にノルマを達成したころ、
Aさんは控室を出て、営業車に戻ります。

我々は満面の笑みで、空箱をわかる位置に置いて、Aさんに伝えます。
「ごちそうさまでした!本当に美味しかったです!」
するとAさんは言います。
「それにしてもおまえら、よお食うなあ。
 若い若い。また買うて来たるわ!」

と、ここまでが一連の流れ。
よって、次回もショートケーキ10個が確定するのです。

おかげでさまで今も、ショートケーキがちょっと苦手です。

(2010年6月1日初出・2022年8月15日改稿)