見たいものしか見ない人はどこにでも
ご覧いただき、ありがとうございます。
國山 弾(くにやま だん)です。
「見たいものしか見ない人」っていますよね。
これは映画や漫画の話ではなくて、現実のことです。
「信じたいものしか見ない」と言い換えることもできそうです。
つまり、自分の信じるものだけが全てであり、それ以外の意見や知見は全て無視をするということです。
特にインターネット上では、このことが顕著に出ていると感じます。
政治家や、推しているアイドルやら、著名人に向けてありがちな気がします。
「この人以外はダメ」「あの人の言うことは全て正しい」「あの人がそんなことするはずない」と言った盲目的なコメントが散見されます。
私は今回、このような人について書こうと思ったのは、
本心から何かを信じているならまだしも、自分の意見がブレるのを恐れて、意図的に塞ぎ込んで見ないようにしている人がいるのではないか、と考えたからです。
1つ具体例を挙げてみましょう。
現実でもしばしば散見されますが、ニヒリズム的な、人生って意味ないよねといった主張をする人っていますよね。特にインターネット上で見られると思うのですが。
こういった考え方があることは否定しません。それはそれで1つの意見です。
私が思ったのは、「人生は悲劇だ」という主張がしたい、あるいは、「私は時代や環境の被害者だ」と哀れんで欲しいがために、幸せなことや恵まれていることに目を向けようとしない人がいる気がする、ということです。
もちろん、不安なことや理不尽なことは沢山あります。
社会全体の問題もあれば、その人個人に降りかかる災難もあるでしょう。
ですが、前述したような主張をしている人は、そこまで悲観するほどでもない人が多いように感じられます。
昔に比べ、社会全体として改善されてきたことは無数にあります。
外国と比べ、日本だから享受できていることも無数にあります。
あなたが生きていたこれまでの時間で、幸せを感じた瞬間が無い訳がありません。
それらを完全に見ないことにして、「人生は悲劇だ」「生きている意味なんて〜」と言うのは、いかがなものかなぁと感じたりしました。
では、また。
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