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[禍話リライト]踏切の音[禍話 第五夜]
俺のバイト先のコンビニで、Aさんが無断欠勤してからもう一週間になる。
Aさんはそんなことをするような人じゃない。
Aさんはバイトながらに尊敬できる仕事人だった。性格は気さくで、温厚。仕事も効率的にこなし、怒ったところは見たことがない。
店長にも信頼されていて、右も左も分からないような新人は、みんなAさんに教育されて、お世話になっている。俺なんか、新人の頃に厄介客の接客を代わってもらわなければ、こんな仕事辞めてたかもしれない。
とにもかくにも、そのコンビニはAさんのおかげで、働きやすい職場だったた。
Aさんは、何度も社員にならないか、と誘われてたようだが、何か事情があるのか、バイトのままで十何年も働いていた。
そのAさんがいきなり来なくなったのである。
俺たちは、不思議でしょうがないので、店長に事情を聴いてみた。
「電話したんだけどね……、体調が悪いから出られないって言うんだけど、どうもそれだけじゃないみたいで。すっごいか細い声なんだよ。今にも泣きそうな感じ。ちょっと心配だから皆でお見舞い行ってくれる?お金とかあげるから、お酒とおつまみでも買って元気づけてやんな」
俺が最後に見たAさんは、先週末に退勤する姿だった。
「じゃあ俺上がります。バイトなんだから根詰めすぎず、適当にやっちゃえよ」
笑顔で手を振り、帰っていった。
本当に親切な人だった。何か困っているなら、力になりたいなと思った。
店長に見舞いを言付かった日に、バイト仲間で示し合わせて、Aさんの住むアパートに行った。
酒と肴を買って、Aさんの住む角部屋に行くと、窓から薄ぼんやり明かりが漏れている。
買い物をしていたら、時刻は九時を回っていた。Aさんはもう寝てしまっているだろうか。心配になりながらも、インターホンを押す。
やがて、扉が開いた。中から出てきたのは、やせ細ったAさんであった。目の下にはクッキリとクマが浮かんで、髭もボーボーに生えてしまっている。
そんなAさんは見たことがなかったので、多少面喰らいながらも、見るからに憔悴しているAさんを元気づけようと笑顔を作った。
「Aさん、心配なんでお見舞いに来ましたよ!!元気ないなら何でも愚痴聞きますよ!!」
「あぁ、ありがとうね……」
Aさんは俯きがちにぼそぼそと答えて、部屋に通してくれた。
やっぱりAさんの様子がおかしいな、どうしたんだろう。俺たちはコソコソ話し合いながらも、Aさん元気出して会の準備を進めた。
Aさんは、ちびちびと酒を飲むだけで、あまり酒にも肴にも手を出さなかった。
「どうしたんですか。Aさん」
俺たちがしつこく聞くと、Aさんは嫌そうに顔をゆがめながらも事情を話してくれた。
「夜中二時になると耳が割れそうなぐらい大きな踏切の音が聞こえるんだ……。それで、夜も寝れなくて……。何とかバイト行きたいんだけど、どうにも食欲もなくて、力が出ないんだ……」
「でも、ここから踏切まで結構遠いですよ?きっと気にしすぎですよ。耳を澄ませてしまうから、踏切の音が聞こえちゃうんです。すぐ直りますよ」
「違うんだ。すごい轟音なんだ。まるで、部屋中が踏切になったみたいなような感じなんだ。それが毎晩毎晩聞こえてさ、寝てても跳び起きちゃうんだよ。それから眠るのも怖くなって、食欲もなくなっちゃって。もう限界だよ。最近じゃいつのまにか寝てしまって、踏切の音が聞こえないことに安心して、また怖くなって……、その繰り返しでもう頭がおかしくなりそうだ……」
Aさんは思ったよりも追いつめられているようで、泣き始めてしまった。
「Aさん、なんか心当たりとかないんですか?どこかで頭を打ったとか…、病院付き合いますよ」
Aさんは、泣きながら、少し考え、心当たりがあると言った。
「バイトの帰りで、少し酒をひっかけたくなったんだ。目に入ったコンビニで酒を買って、飲みながら歩いていたら、疲れのせいかスゴイ酔っちゃったんだ。わざとじゃない。わざとじゃないんだけど、足元がふらふらしちゃって、段差につまづいて、置いてあった、花束、を踏みつけちゃったんだ」
花束、のあたりでAさんの呼吸が荒くなる。
「花束は電信柱の脇に供えられてるみたいで、イケないことをしてしまったと思った。電信柱には、ひき逃げの情報収集の貼り紙もあって、僕は……、多分、ひかれた子供の祟りに合ってるんだよ!!ちゃんと、花束直したのに……、でもその花束古くて、ぐちゃぐちゃになっちゃってたんだ!!頑張った……、頑張ったんだけど、ダメで……、僕は、僕は……」
Aさんはまた、グスグスと泣き始めてしまった。
「なんでだろう、僕何か悪いことしたのかな。今まで、ちゃんとやってきたのに。こんなことあると、揺らぐよね価値観が。今まで安全だと思ってたのに。ちゃんとやっていれば危険にはならないと、思ってたのに」
目をバキバキに見開いて、荒い息を吐くAさんは見てられなかった。
俺は何とかAさんを救いたかった。
「じゃあちょっと実験しましょうよ」
はぁ?と、周りがドン引きしたように見てくるが、関係ない。
「二時まで俺らいるんで、皆にも聞こえるか、Aさんだけに聞こえるか、確かめましょう。皆にも聞こえたら、神社とかいってお祓いしましょう。Aさんだけだったら一緒に病院行きましょう。ね?そうしましょう?」
Aさんは、ぼーっとしたと思うと、激しくうなずき出した。
「そうだな、それがいい、そうしよう」
なんだかんだ、お見舞いにはAさんに特にお世話になった奴らが集まっていた。嫌そうにしていたものの、Aさんのためならということで皆が検証に付き合うことになった。
酒を飲みつつ、つまみを食べて、待つ。
12時。
「ごめんな、結構大きな音するからさ、本当に気を付けてくれよ」
深夜の音楽番組を見つつ、待つ。
「そうそう、これくらいの音なんだよ……、本当に気味が悪くてさ……」
一時半になると、皆が緊張しだした。もうすぐ、踏むきりの音とやらの真相がわかる。皆がトイレに立ったり、馬鹿話をしたりして、気を紛らわせている。
1時58分。
1時59分。
ごくっと誰かが唾をのんだ。いったい何が起こるんだ?どこから音が鳴るんだ?
すると、すくっとAさんが立ち上がった。
Aさん?
と思っていると、Aさんは真っすぐに手を真横に伸ばして絶叫しだした。
カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!
ものすごい声だった。
まるで踏切が口の中にあるような、本物そっくりの音が何倍もの音量で部屋中を反響する。
俺は耳を塞ぎつつ、Aさんに叫び返した。
「Aさん!!Aさん大丈夫ですか?!」
Aさんを叩くも、反応はない。
Aさんは虚空を見ながら、絶叫し続けていた。体は鉄になってしまったかのようにカチコチだった。
Aさんは2、3分絶叫して、急にフッと元に戻った。俺たちに言う。
「な?踏切の音すごかっただろ?こんなことあると価値観が揺らいできちゃうよな?」
俺たちは適当なことを言って逃げた。
後日、店長からAさんがバイトを辞めたことを聞いた。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第五夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(12:00ごろから)
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