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ステップ アンド クラップ

男はビルの屋上の柵の外にいた。

風が地上から吹き上げ、前髪を吹きちらした。柵を両手で握って真下を見下ろした。眼下には、自分に関係のない、多くの人達。自分が落ちた時、誰かを巻き込んでしまうかもしれないけど、まぁ諦めてもらおう。こっちだって余裕がないんだ。これで楽になれるんだ。さぁ。右足を空中に一歩出した。

足が動いてない。心の中で薄ら笑った。意気地なし。こんなだから、他のやつらにバカにされるのだ。改めて強い気持ちをもって足を動かそうとした。

動かない。違和感を覚えた。まるで自分の足のような感覚がない。足がオレのいうことをきかないのだ。足がオレのいう事をきかない?オレの理解が追いつかないうちに、今度は手が勝手に動き始めた。バカ。やめろ。柵から手を離すな。手が勝手にオレのワイシャツのボタンを外し、オレの胸と腹を出す。なにしやがる。手はポケットの中からペンを探し出し、オレの腹に顔を書き始めた。ちくしょう。オレのいう事を聞け。オレは、間抜けな顔がかかれた腹を見せびらかすようにシャツを持ち上げられて泣きそうになった。足がまた勝手に動き始めた。この上半身で足がステップを踏み始めたのだ。やめて。怖い。こんな格好で死にたくない。死に方選ばせて。顔を歪めて声なく大泣きしながら腹芸踊りをしていると、隣で、ちゃかぽこ言う音が聞こえてきた。

横を見ると、やはり俺と同じく柵を乗り越えた男が、頭にネクタイを巻き、目から大粒の涙を流し、ちゃかぽこ言いながらオレのステップに合わせて手拍子していた。

オレはそいつと目があうと、お前もか、と思った。

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